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2025.07.22
ロシアがウクライナに侵攻を開始して3年半近くが経つ。2025年に入り、米国のトランプ大統領の働きかけにより直接交渉が行われているものの、停戦には至っていない。ロシアのプーチン大統領は、「危機の根本的な原因」の除去を主張して譲らず、停戦を阻む一因となっている。ロシア世論は、停戦・和平を求めつつも、戦争の果実に関し譲歩の姿勢を示していない。背景にあるのは、西側への敵意といえる。
2022年2月24日、ロシアがウクライナへの侵攻を開始し、戦闘はもう3年半近く続いている。開戦の年に、戦争の歴史的背景、ロシアの内政・外交・経済、そして戦争そのものにつき、5名の専門家の協力を得て報告書(河本2022)をまとめた。5名の議論を受けて、筆者はロシアの戦争目的の不明瞭さ、国益の基礎となるべき中核的アイデンティティーの不在を指摘した。当時も見えなかった戦争の終わりは今も見えない。
とはいえ、米国のトランプ大統領が、ウクライナでの戦争を終わらせると選挙戦中から主張し、2025年1月の就任後に実際に戦争終結に向けて行動したことは、状況に一定の変化をもたらすものであった。本稿では、現在のロシア世論とロシア側の要求に注目しつつ停戦の実現性について考え、最後に戦後を見越した提案に言及する。
トランプが30日間の停戦を提案した2025年3月、ロシアの民間調査グループRussian Fieldが行った電話調査によると、トランプが提案するであろう和平条件がロシアに有利なものと考える回答者が22%、不利だとの回答が49%を占める一方、トランプの停戦案に40%が賛成、44%が反対と回答した(Russian Field 2025)。停戦の先にロシアに有利な和平案が出てこない可能性があっても、トランプ停戦案に賛成の人が一定数いることが分かる。18歳から44歳までの年齢層では賛成の方が多い。
和平交渉一般に対する意見は、ロシアの民間世論調査機関レヴァダ・センターが2022年秋以来継続的に対面調査をしている。これを見ると、戦闘継続よりも交渉を支持する割合は最も低い2023年5月で45%、2025年5月および6月の調査では最も高い64%に達した(Левада-центр 2025e)。5月および6月の調査は、イスタンブールでのロシア・ウクライナ直接交渉(5月16日、6月2日)が行われた直後にそれぞれ実施されている。特に5月調査で、イスタンブール交渉への支持は87%と和平交渉一般への支持よりも高い(Левада-центр 2025b)。支持する理由で多いのは、複数回答で「捕虜交換」(24%)、「平和が近づく」(24%)、「特別軍事作戦を終わらせるべき」(23%)、「交渉は戦争より常に良い」(17%)、といったものである。
2度の直接交渉により、捕虜および遺体の交換が実施されたものの、戦闘の停止には至っていない。6月の交渉で、ロシアもウクライナも、停戦の条件というよりは停戦の先にある最終的な解決の条件を互いに提示しあった(ТАСС 2025;Miller 2025)。停戦交渉がうまくいっているとは言い難い。
ロシア側が、最終的な解決のため要求するのが「危機の根本的な原因」の除去である。ロシアのプーチン大統領は、この言い回しをたびたび使い、交渉には応じても停戦には冷淡な態度をとってきた。米国が30日間の停戦を提案しウクライナが同意した際にも、2025年3月13日の会見で、停戦には賛成だと言いながら、「停戦は長期的平和をもたらし、この危機の根本的な原因を除去するようなものでなければならない」と注文を付けた。同趣旨の発言は、3月18日の米ロ両大統領の電話会談で、5月11日の記者会見で、7月1日のロ仏両大統領の電話会談で、7月3日の米ロ大統領の電話会談を受けたウシャコフ大統領補佐官の会見で繰り返されている(発言はすべてПрезидент России(ロシア大統領公式サイト)から)。
「危機の根本的な原因」を除去するために、ロシアは、ウクライナの中立化・非軍事化、非ナチ化、併合した領土の承認を要求する。中立化はウクライナのNATO加盟阻止を意味する。NATOに加盟せずともウクライナが軍事的に弱体であることを非軍事化で求める。軍事的に非力なウクライナなら、政治的に敵対的なままであっても脅威になる可能性が低いからである。非ナチ化要求は、ウクライナ政府が言語・文化・歴史の分野で反ロシア的政策をとらないことを指す。これらの要求のコアには安全保障があるのだろうが、厳密には要求に限度はないように見える。つまり開戦期から続く戦争目的の不明瞭さは今も残っているといえる。究極的には、ウクライナがロシア寄りの友好国になれば、根本的原因は十全に解消される。
ロシアの要求は、ウクライナの主権の在り方を制約しようとするものである。プーチンは、6月20日、ウクライナ人民の独立と主権の権利を疑わないと言いながら、中立国を謳った1991年の独立宣言に戻ればいいと述べた。こうした態度ゆえに、プーチンは交渉に応じるふりをするだけで本当に停戦する気はないとの批判が、特にウクライナおよび同国を支援する西側諸国から生まれる。ウクライナ支援に熱心だったとは言い難い上にプーチンに好意的態度をとってきたトランプでさえ、和平の障害としてプーチンを名指しで批判するに至っている(Broadwater 2025)。
このようなプーチンの姿勢に対して、戦闘継続よりも和平交渉を望んできたロシア世論が批判的かといえばそうではない。レヴァダ・センターの5月の調査で、回答者の73%は「まず対立の根本原因を除去、そのあと停戦」を、つまりプーチンの立場を支持しており、「まず休戦および停戦、そのあと残る問題を解決」を支持するのは18%でしかない(Левада-центр 2025b)。
さらに言えば、彼らは無条件に戦争の終わりを求めているわけでもない。2月に行われたレヴァダ・センターの調査(Левада-центр 2025a)によると、「今週プーチン大統領がウクライナとの軍事紛争を終わらせることを決定すれば」75%が支持するものの、プーチンが「軍事紛争を終わらせ、編入した領土をウクライナに返還することを決定すれば」反対する者が64%に上る。図1が示すように、世論は「危機の根本的な原因」除去を支持しており、編入した領土の返還およびウクライナのNATO加盟を強く拒否する。同調査で、「軍事作戦終結・和平合意のために」ロシアが何らかの譲歩をすべきだと30%の人が答えているにもかかわらず、重要だとみなす果実を手にせずには戦争を終われないということである。
図1 和平合意の条件として好ましいか、許容できるか、許容不能か(2025年2月)

こうしてみると、停戦に冷淡なプーチンを世論が支える格好になっている。そもそも開戦後、戦時下の旗下結集効果によりプーチンの支持率は上昇し、概ね8割を超えている(Левада-центр 2025d)。ウクライナを支援する西側はロシアの敵となり、世論から悪感情を向けられてきた(Левада-центр 2025c)。「プーチンのロシアははるかに抑圧的になり、反西側主義はロシア社会全体に浸透していくばかり」で、「上位の官僚および富裕層の多くを含む何千万人ものロシア人が、今や西側を不倶戴天の敵とみなす」こととなった(Gabuev 2025)。西側諸国からの正当ではあれ時に敵意むき出しの非難は、結果として、プーチンの西側敵視宣伝を補強してきた。
もし戦争が終わりを迎えても、この負のスパイラルは当然には終わらないだろう。敵対的な構図から抜け出せなければ、軍事衝突は繰り返される恐れがある。この危険を避けるために、ガブエフは敵としてのロシアを抑止しつつ、西側・ロシア双方の敵意をコントロールし、やがて低下させていく方向を提案する。ロシアの完全敗北が現実的でなく、核大国の崩壊が危険でさえあることを考えれば、十分な検討に値する提案であろう。
参考文献
Broadwater, Luke (2025) “Trump Accuses Putin of Being a Roadblock to Peace Deal,” New York Times, July 8.
Gabuev, Alexander (2025) “The Russia That Putin Made: Moscow, the West, and Coexistence Without Illusion,” Foreign Affairs, May/June (Published on April 17).
Miller, Christopher (2025) Xのアカウント@ChristopherJMでウクライナのメモランダム画像を投稿.
Левада-центр (2025a) "Конфликт с Украиной: внимание, поддержка, отношение к переговорам и возможным уступкам, мнение о различных условиях мирного соглашения в феврале 2025 года".
Левада-центр (2025b) "Конфликт с Украиной: внимание, поддержка, отношение к переговорам в Стамбуле и различным вариантам урегулирования конфликта".
Левада-центр (2025c) "Отношение к странам".
Левада-центр (2025d) "Одобрение деятельности Владимира Путина".
Левада-центр (2025e) "Конфликт с Украиной: внимание, поддержка, отношение к переговорам, использованию ядерного оружия, возможность конфликта России и НАТО".
Президент России(ロシア大統領公式サイト)
Russian field (2025) "Мирные переговоры и отношение к США".
ТАСС (2025) Два варианта прекращения огня. Какие предложения выдвинула Россия. 3 июня.
河本和子編(2022)『ロシアのウクライナ侵攻:不可解で残酷な戦争は何を意味するか』NIRA総合研究開発機構.
*ウェブサイトへのアクセスはすべて2025年7月10日。
執筆者
河本和子(かわもと かずこ)
NIRA総合研究開発機構主席研究員