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生成AIを使った生産性向上には包摂と意識改革を

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2025.06.16

労働力不足が深刻さを増す中、生成AIは生産性向上の切り札として期待が高まっている。生成AIは業務の代替・補完を通じて労働者の負担を軽減するが、格差の助長や、女性の雇用不安定化といった懸念もある。生成AIの恩恵を広く行き渡らせるには、リスキリング支援やデジタルインフラ整備など包摂的な政策が不可欠であり、同時にAIと協業する働き方に対する意識改革も求められている。

 労働力不足が叫ばれて久しい。政府は、「働き方改革」や外国人労働者の受け入れなどで、労働力の増強を行ってきた(政策の内容や専門家の評価は、NIRA総研「「働き方改革」その成果と行方―制度・政策の課題と論点整理」を確認いただきたい)。しかし、労働力不足は「働き方改革」当初の想定を上回るペースで進んでいる。

 労働力の増強には、労働者数と、労働生産性の両方を高めていくことが重要となる。政府による「働き方改革」や企業の人事制度改革等によって、女性や高齢者などを中心に就業者は増加しているものの、長引くデフレや非正規雇用労働者の増加を背景に、1人当たりの労働生産性は伸び悩んでいる。海外主要国と比べても日本の労働生産性は低くとどまり、主要先進7か国で最も低い水準が続いている(図1)。

図1 就業者1人当たりの労働生産性水準の国際比較

図1 就業者1人当たりの労働生産性水準の国際比較
(注)2020年基準の購買力平価で米ドル換算した就業者1人当たりGDPを元に、2015年=100とした指数に換算。
(出所)OECD "Productivity levels" より筆者作成

 こうした状況の打開策として近年注目されてきたのが、ChatGPTをはじめとする生成AIである。生成AIが登場して以降、日常生活の様々な場面にAIが登場するようになり、我々の仕事や働き方に干渉するようになってきた。いまや、AIが人間の仕事、または仕事の一部をとってかわるようになる、という話を絵空事だと思う人は少ないだろう。

生成AIが生産性に与える効果

 生成AIは、文章作成や画像生成などの非定型業務ができる点が、これまでのAIとは異なる強みだ。この強みを生かし、これまで人が行ってきた仕事を代わりに行い、将来的にはAIによる自動化が可能な「代替」と、これまで人間が試行錯誤しながら行ってきた作業を手伝い、労働者の負担を軽減する「補完」を行うことで、人手不足を補い、労働者の生産性向上に貢献できる、と期待されている。

 生成AIは、具体的にどの程度生産性に影響を与えるのか。アメリカのコンサルティング会社が2023年に公表したレポートによると、生成AIの活用は、世界全体の生産性を0.1~0.6%押し上げる可能性がある、と報告している(McKinsey & Company, 2023)。一見すると限定的だが、このまま生成AIを使い続ければ、2035年には日本の労働力を最大で1日あたり2,450万時間削減する効果がある、と試算した報告もある(パーソル総合研究所・中央大学、2024)。これは、同試算で示した2035年時点での1日あたり労働力1,775万時間の不足、人数にして約384万人分の労働力不足を一気に解決できる水準でもある。

 必ずしも全業種で生成AIが活用できるわけではないこと、利用者のスキルアップが必要であること、自動化が進んでも人間の生産性水準が変わらないことなど、様々な前提条件があり、現実的な達成は難しい。とはいえ、生成AIが労働者の生産性や働き方に与える影響は決して小さくないことが伺える。

メリットの偏在に対する懸念

 一方で、生成AIによる代替・補完に対し、懸念する声もある。生成AIの技術革新がさらに進み、専門性の高い業務にも対応できるようになると、アナリストや企業経営者などの高いスキルをもつ労働者はより効率的に仕事ができるようになる。他方、そうでない労働者は仕事を生成AIに代替され、雇用調整や労働時間の短縮といった不利益を被ってしまう。

 女性労働者の雇用への影響を指摘する分析もある(Cazzaniga M. et al., 2024)。この国際比較の分析では、英国・アメリカ・ブラジルでは、事務補助員等の代替性が高い職業、および専門職等の補完性が高い職業のいずれにも女性労働者が多く就いており、生成AIの便益を受けられる女性が多いことと同時に、代替される可能性が高い女性も多いことを報告している。日本の女性労働者の職業の状況をみると、約30%が事務従業者で最も多く、次いで約20%が専門的・技術的職業従事者であり、女性労働者が機会とリスクの両方を抱えている現状は日本でも同様に映る。

 さらに、生成AIが労働市場に与える影響度には地域差があることを指摘する報告もある(OECD, 2024)。金融サービスや技術開発が集積する都市部で生成AIの導入が進んでいる一方で、非都市圏や製造業・農林漁業が中心の地域で生成AIの導入が遅れている。この傾向が続くことで、生成AIが、都市部と非都市部との間にある所得格差や生産性格差、デジタル格差を広げる要因になりうる、としている。日本においても、都市部と非都市部の経済格差や情報格差はかねてから指摘されており、同じような問題を抱えていると考えられる。

生成AIとの「働き方」をポジティブに

 生成AIが人間の労働生産性に与える影響を分析した研究は各所で行われているものの、技術革新が急速に進む中で、最新の状況を映していない部分もある。生成AIの活用における社会的合意も途上だ。懸念を払拭し、生産性の向上につなげるには、どのような対策が必要だろうか。

 まずは、女性や高齢者、非都市部の労働者など、労働市場で相対的に弱い立場に対する包摂的な政策作りが求められる。新たな富や仕事が生まれることに期待感もあるが、その便益が過度に偏在すると、社会にゆがみを生みかねない。失業の懸念がある労働者にリスキリング支援や就職あっせんを行うこと、地域性に沿ったデジタルインフラを整備すること、人々のデジタルリテラシーの向上を含めた生成AIの利活用に対するルール作りが重要となってくるだろう。

 同時に、現在の働き方を、生成AIを利用した効率的な働き方へと変えていくことが求められる。生成AIは市民権を得つつあるものの、日常的に仕事で利用する人は8%程度(大久保敏弘・NIRA総合研究開発機構, 2025)と、必ずしも多くの人が活用しているとはいえない。私見ではあるが、日本で利用が進まない背景の1つには、生成AIの活用法を多くの人が想定できていない、あるいは、生成AIを使って何かを生み出すことに「手抜き」や「ズル」といったネガティブな印象があるからではないか。労働者のリスキリングやAIツールの導入と並行して、生成AIの成果や恩恵の実情を社会全体で共有していくことができれば、生成AIとの協業をポジティブなものとして受け入れられる土壌が育ち、結果として、生成AIが日本社会全体の生産性向上に資する存在になるように思う。

 なお、本稿の情報収集や文章の推敲には、生成AIに多分にお世話になったことを書き記しておきたい。そのアウトプットには感服することも多かったが、便利な生成AIに頼り切りになった結果、自らの頭を使って考え、自分の言葉で意見を持つ力を失うことがないようにせねば、と強く感じた次第である。

参考文献

Cazzaniga, M. et al. (2024)「Gen-AI: Artificial Intelligence and the Future of Work」 IMF Staff Discussion Notes 2024/001 2025年6月12日アクセス.
McKinsey & Company(2023)「生成AIがもたらす潜在的な経済効果:生産性の次なるフロンティア」 2025年5月29日アクセス.
NIRA総合研究開発機構(2025)「「働き方改革」その成果と行方―制度・政策の課題と論点整理―」政策共創の場No.5
NIRA総合研究開発機構(2025)「日本と世界の課題2025」
OECD(2024)「Job Creation and Local Economic Development 2024」2025年5月29日アクセス.
大久保敏弘・NIRA総合研究開発機構(2025)「第2回デジタル経済・社会に関する就業者実態調査(速報)」
厚生労働省(2024)「令和5年版働く女性の実情」2025年6月9日アクセス.
内閣府(2024)「世界経済の潮流 2024年Ⅰ」2025年5月29日アクセス.
パーソル総合研究所・中央大学(2024)「労働市場の未来推計2035」2025年5月29日アクセス.
労働政策研究・研修機構(2025)「生成AIが労働市場に与える影響を分析、地域間格差拡大の可能性も」2025年5月29日アクセス.

執筆者

鈴木日菜子(すずき ひなこ)
NIRA総合研究開発機構研究コーディネーター・研究員

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