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2024.12.25
情報処理技術が進歩するなか、子どもの創造性を育む教育投資の重要性が増している。創造性の育成を1つの目的として導入された「総合的な学習の時間」は、導入当初より授業時数が減少したが、限られた時間の中でも、教科学習に創造性を育む要素を組み込むカリキュラムマネジメントや、教員の質の向上により、創造性を育むことは可能だ。喫緊の課題は、効果的な教育投資戦略を策定・実行するために必要な、子どもたちの学びを長期的に記録する教育データベースを整備することだ。
AI時代に求められる創造性への教育投資
「教育は未来への投資」とよく言われる。これは、個人や社会が、将来の労働市場で役立つ能力を獲得するために、現在の時間や資金を教育に投じるという考え方だ。当然ではあるが、大きなリターンを得るには、将来の労働市場で必要とされるスキルを見極め、投資戦略を柔軟に見直すことが不可欠だ。
近年は、情報処理技術が飛躍的に進歩し、人工知能(AI)が定型的な業務を担う場面が増えている。技術進歩が続くなかで、人間には、AIでは補えないスキル、たとえば良好な対人関係を築くスキルや、新たな価値を創造するスキルがますます求められるだろう。
わたしの構想No.75「AI時代に求められる子どもの創造性」で、ミッチェル・レズニック氏(マサチューセッツ工科大学メディアラボ教授)は、不確実性が高く、予測困難な状況が増える現代において、創造的に考え、革新的な解決策を生み出す力がますます重要になっていると指摘する。今後の教育投資では、子どもの創造性をどの程度育めているのかが、さらに問われるようになるだろう。
「総合的な学習の時間」の変遷と教員の質の重要性
日本の教育投資戦略として最も影響力があるのは、全国共通の最低基準を定める学習指導要領だろう。学校の教科書や時間割はこれを基に作成されている。創造性の育成の観点から注目されるのが、2002年度施行の学習指導要領で新設された「総合的な学習の時間」だ。そのねらいは、主体的に学び、創造的に問題を解決する力や、自分の生き方を考える態度を育てることにあった(注1)。
しかし、「PISAショック」と呼ばれる、2003年にOECDが実施した学習到達度調査(PISA)で日本の順位が下がったことなどを契機に、学力重視の世論が強まり、2011年度施行の学習指導要領では総合的な学習の比重が下がり、教科学習重視の授業時数配分となった(図1)。2020年度施行の学習指導要領においても、総合的な学習の授業時数は増えていない。現状の日本では、創造性の育成は世界トップレベルの学力を維持することを前提に進められている状況がうかがえる。従来からの教科学習と創造性のバランスを考慮した時数配分といえるが、創造性の育成が副次的な目標として扱われ、その取り組みが不十分になることも懸念される。
図1 小学校6年間の総授業時数と各科目の授業時数割合
もっとも、限られた総合的な学習の授業時数でも、創造性を育む方法はある。1つは、教科学習の中で創造性を育む取り組みを進めることだ。佐和伸明氏(千葉県柏市立大津ケ丘第一小学校校長)は、創造性を育む活動を取り込むためには、学校全体のカリキュラムマネジメントが重要であると指摘する。
もう1つは、教員の質を高めることだ。中川一史氏(放送大学学園次世代教育研究開発センター長)は、創造的思考力の育成には教師の役割が極めて大きく影響し、子どもの考えや行動を見取るだけでなく、励まし、褒め、寄り添うことが重要だと述べる。また、佐和氏は、教師の役割が「教える」から「コーディネーター」へと移行し、生徒に学びの主体を委ね、探究を促す授業デザイン力が求められると指摘する。このような取り組みを進め、必要な資質を備えた教員を増やしていくことは、創造性への教育投資の効果を高めるうえで欠かせない要素である。
子どもの学びを記録した長期的なデータベースの構築
教育投資の成否を見極めるには、どのような教育内容やどの程度の教育時間が、どのような能力の育成に効果をもたらすのかをデータに基づいて分析する必要がある。そのためには、長期的なデータベースの構築が不可欠だが、相川いずみ氏(教育ライター/編集者)は、小・中・高・大の間で教育データが連携されておらず、学校単位で学びの記録が断絶している現状を指摘している。
また、わたしの構想No.67「日本の教育格差と「平等神話」」で、垂見裕子(武蔵大学社会学部教授)と松岡亮二(龍谷大学社会学部社会学科准教授)は、子どもを継続的に追跡するパネルデータの構築や、研究知見を政策に反映するサイクルの確立が急務だと述べる。
教育投資のあり方次第で、個人や社会にとってのリターンは大きく変わる。子どもたちの学びを長期的に記録した教育データベースを整備し、それに基づいて効果的な教育投資戦略を策定し、実行することが喫緊の課題である。
参考文献
NIRA総合研究開発機構(2024)「AI時代に求められる子どもの創造性」わたしの構想No.75
NIRA総合研究開発機構(2023)「日本の教育格差と「平等神話」」わたしの構想No.67
文部科学省(1998)「小学校学習指導要領(平成10年12月)」
- 脚注
- 1 文部科学省(1998)「小学校学習指導要領(平成10年12月)」には、総合的な学習の時間のねらいとして、「(1)自ら課題を見付け、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、よりよく問題を解決する資質や能力を育てること。(2)学び方やものの考え方を身に付け、問題の解決や探究活動に主体的、創造的に取り組む態度を育て、自己の生き方を考えることができるようにすること。」とされている。
執筆者
井上敦(いのうえ あつし)
NIRA総合研究開発機構主任研究員