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2024.11.22
「年収の壁」の問題は、制度の公平性そのものを反映している。この問題を解消するには、税と社会保険料の負担、そして給付を統合した全体像を踏まえた議論が必要である。海外との比較から明らかな日本の特徴は、低所得世帯への給付の少なさである。その対応としては、税と社会保険料に給付を組み合わせる制度の導入が効果的だ。今後の政策論議では、合意形成のプロセスを明らかにすることが、公正な制度を構築するための大きな牽引力になる。
覚悟が問われる社会保障制度の抜本的改革
先の衆議院選挙で、「手取り収入を増やす」と訴えた国民民主党が議席を増やし、国会のキャスティングボートを握った。その第1弾となるのが、所得税の控除金額の引き上げである。年収が一定水準を超えると、超えた分に対して税金が課されるため、年収の伸びが鈍くなる、いわゆる「年収の壁」と呼ばれる問題である。これは税制が原因で発生している問題だが、先の岸田政権では、社会保険料の負担が発生することで生じる「年収の壁」を解消する方法が議論された。しかし、そこで出された方策は、暫定的なものに過ぎず、見直しの議論が始まっている。
「年収の壁」の問題は、「どの程度の所得を得ている人に、どの程度の負担を課すのか」という負担のあり方に関する考え方に深く関わり、制度の公平性そのものを反映している。「年収の壁」を解消するには、税と社会保障制度を抜本的に改革する必要があり、その実現には覚悟が問われる。
低所得者層の負担率が高い日本
「年収の壁」を解消するには、その「壁」を越えた先の景色にも着目する必要がある。1つは、税と社会保険料の負担、そして給付を統合した際の全体像であり、もう1つは、所得の増加に伴う負担率の変化の姿である。
翁百合のNIRAオピニオンペーパーNo.65では、この2つの観点からの日本とOECD諸国の比較が示されている。図1からは、次の3点が明らかだ。
・日本の世帯における公的負担は保険料に偏っており、所得税の割合が低い。
・日本では、低所得層の負担率が相対的に高く、他方、高所得層の負担率は低い
・これは、社会保険料負担が逆進的であること、さらに、低所得世帯への給付が少ないことが原因である。
図1 共働き・子どもあり世帯の総年収と負担率の内訳(OECD平均と日本、2021年)
日本社会の公正性こそが牽引力に
今回の選挙結果を受けて、自民党は衆議院で単独過半数を失い、今まで数の力で押し切ってきた国会運営が大きく変わる。今こそ、税と社会保険、そして給付を統合して捉えなおし、公正な負担となるような抜本的な見直しを行う時機にある。これまで、先送りしてきた課題に向き合い、税と社会保険料のバランス、低所得層と高所得層の負担率の妥当性について再検討する絶好のタイミングだ。
選挙後、メディアを通して、政党間での異なる意見が広く報じられるようになった。人々は、各党が、党利党略を優先するのか、政策を優先するのかに注目している。少数与党として政策を通すため、形骸化している国会の質疑応答も実質的なものになることが期待される。議論の過程が公開され、合意に達するまでのプロセスが明らかとなる。そのこと自体が、公平な社会であることの象徴であり、公平な負担の制度を構築する上での大きな牽引力となるに違いない。
参考文献
翁百合(2023)「子育て世帯の負担と給付の公平性は確保されているか-被雇用者世帯の所得と負担率の国際比較分析-」NIRAオピニオンペーパーNo.65
執筆者
神田玲子(かんだ れいこ)
NIRA総合研究開発機構理事・研究調査部長