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人々の認知バイアスと情報提供

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2024.07.19

 支持する政治家の発言は何でも正しいと考えるなど、人々のバイアスのかかった認知は、ポピュリストへの支持、そしてポストトゥルースと呼ばれる状況をもたらし、政府への信頼の意義にも再考を迫ることになる。認知バイアスに対しては、正確な情報を提供すると同時に、自分にはすでに知識があると思って素直に耳を傾けない人がいる可能性を前提に、情報をいかにして効果的に届けるかも考えなければならないだろう。

 NIRA総合研究開発機構では、2024年5月に4つのワーキングペーパーが公表された。新しい順にタイトルを見ると、「ポピュリスト態度に関する基礎的分析:日本におけるポピュリスト志向の性質」「勤労者世代の負担と給付の国際比較:OECD Tax-benefit (TaxBEN) modelを用いたアプローチ」「政治不信と「ズルさ」の感覚:ポストトゥルース時代の政策理解に向けて」「受益と負担をめぐる世代間の分断と政府への信頼」である。

 いずれのワーキングペーパーも、テーマこそ大きく異なるが、ポピュリズム、負担や給付の損得勘定、政府への信頼といった、政治・経済に対する人々の意識への関心から出発している点で共通している。行動経済学という分野が提唱されるようになって久しいが、政治分野でも、近年、人々の意識に研究テーマを移すことが1つのトレンドになっている。その意味では、4つのワーキングペーパーが近い時期に公表されたことは単なる偶然というだけではないであろう。

 広く知られているように、人々の認知には様々なバイアスがある。例えば、政治家に対する世論は合理的に、つまり1人ひとりの政治家の政策や言動をきちんと吟味した上で形成されているとは限らない。人によっては信じたい情報だけを信じ、支持する政治家の発言は何でも正しいと考える。その先にあるのが、ポピュリストへの熱狂的な支持である。ポピュリストの側はそれを利用し、客観的な事実とは無関係に自分が言っていることこそが事実であると訴えかける。こうして、ポストトゥルースと呼ばれる状況が生まれる。

 認知バイアスの存在は、政府への信頼の意義にも再考を迫ることになる。何をもって政府が信頼に値すると思うかは人それぞれである。政府の制度や政策もよく知らないまま、なんとなく信頼できそうだから政府のやっていることを支持する、といった因果メカニズムもありうる。考え方によれば、政府への信頼もまたバイアスの中での認知の1つにすぎない(Rudolph 2017)。

 認知バイアスに対する処方箋の1つは、正確な情報を提供することである。複雑をきわめる税・社会保険料の制度は、その最たる例といえよう。人はとにかく自分は損をしている、他の誰かは自分のあずかり知らぬところで得をしていると考えてしまいがちである。情報提供は、人々が政策について冷静に考えるための土台を提供することになる。

 問題は、提供された情報に人々が素直に耳を傾けるかである。NIRA基本調査の第1回第2回の結果を比較してみよう。医療、介護など同一の10個の公共サービスについて、第1回調査では「十分な情報が提供されていると思いますか」と尋ね、第2回調査では「よく知っていますか」と異なる尋ね方をしている。それぞれの結果が図1と図2である。調査時期・調査方法などの違いはあるものの、全体として図2の「よく知っていますか」という質問の方が肯定的な回答が多い。これもまたバイアスがかかった認知なのかもしれないが、情報提供のあり方には不満でありながら、すでに知識があるとは思うという、自信とも解釈できる意識が見られる。情報提供の際には、このことを前提として、情報をいかにして人々に効果的に届けるかも考えなければならないだろう。

参考文献

関島梢恵(2024)「勤労者世帯の負担と給付の国際比較:OECD Tax-benefit model(TaxBEN)を用いたアプローチ」NIRAワーキングペーパーNo.9
竹中勇貴(2024)「受益と負担をめぐる世代間の分断と政府への信頼」NIRAワーキングペーパーNo.7
谷口将紀(2024)「ポピュリスト態度に関する基礎的分析:日本におけるポピュリスト志向の性質」NIRAワーキングペーパーNo.10
渡部春佳(2024)「政治不信と「ズルさ」の感覚:ポストトゥルース時代の政策理解に向けて」NIRAワーキングペーパーNo.8
NIRA総合研究開発機構(2023)「第1回政治・経済・社会に関する意識調査(NIRA基本調査)(速報)」
NIRA総合研究開発機構(2024)「第2回政治・経済・社会に関する意識調査(NIRA基本調査)(速報)」
Rudolph, Thomas J. 2017. “Political Trust as a Heuristic.” In Sonja Zmerli and Tom W.G. van der Meer, eds. Handbook on Political Trust. Edward Elgar Publishing, 197-211.

執筆者

竹中勇貴(たけなか ゆうき)
NIRA総合研究開発機構研究コーディネーター・研究員

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