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アジアの「民主主義」から日本を振り返る

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2024.06.19

 選挙制度は、民主主義の根幹といわれる。しかし、たとえ選挙が実施されていたとしても、投票率の低い日本では、人びとが政治家を選び、民意を政治に反映するという民主政治が機能しているとは言い難い。かたや高い投票率を誇るアジア諸国でも、民主主義の機能不全が指摘される。民主政治に不可欠な選挙制度の課題が、今浮かび上がっている。政治にまつわる問題が噴出する今の日本で、アジア政治を通して民主主義を再考することは意義があると考える。

 インドやインドネシアなど、グローバルサウスと呼ばれるアジア等の新興国・途上国の勢いが増している。とりわけ世界第1位の人口を誇るインドでは、若者の意欲や主権者意識も非常に高く(注1)、更なる経済発展が期待される。他方、これらのアジア諸国では、民主主義のゆらぎと権威主義化が指摘されている。

 NIRA総研では「アジアの「民主主義」」プロジェクトを通して、アジア各国の政治動向を確認してきた。超少子高齢化や経済の長期停滞、政治腐敗と政治不信など深刻な課題を抱える日本は、アジア諸国から何を学ぶことができるのか。

日本とアジアの民主主義に対する欧米からの評価

「アジアの「民主主義」」では、識者たちが東南・南アジア諸国での民主主義の危機をそれぞれ「質の悪い民主主義(インドネシア・本名純氏)」、「非自由民主主義(フィリピン・日下渉氏)」、「上から指導される民主主義(タイ・外山文子氏)」、「民主主義は死にかかっているかもしれない(インド・中溝和弥氏)」などと表現した。スウェーデンのV-Dem研究所や英エコノミストのシンクタンク部門であるEIUが発表した民主主義指標を示す報告書でも、これらの国々は、「選挙のある専制主義」、「民主主義グレーゾーン」(表1)または「欠陥のある民主主義」(表2)と分類されている。

表1 自由民主主義指標2023(Democracy Report 2024)V-Dem研究所

表1 自由民主主義指標2023(Democracy Report 2024)V-Dem研究所
※1 日本およびヒアリング対象8か国は白地背景で表示。(ニュージーランド(アジアで民主主義度 第1位)・アメリカ・中国は、グレー背景で参考表示。)
※2 調査結果に基づき、V-Dem研究所が6つの政治体制別に各国をグループ化。「不明」含む計202か国対象。
1.自由民主主義(32か国) 2.選挙のある民主主義(46か国) 3.民主主義グレーゾーン(13か国) 4.専制主義グレーゾーン(5か国) 5.選挙のある専制主義(50か国) 6.閉鎖的専制主義(33か国)
(出所)V-Dem研究所の2024年発行の報告書「Democracy Report 2024」に基づき筆者作成

表2 民主主義指標2023(Democracy Index 2023)EIU

表2 民主主義指標2023(Democracy Index 2023)EIU
※1 日本およびヒアリング対象8か国は白地背景で表示。(ニュージーランド・アメリカ・中国は、グレー背景で参考表示。)
※2 調査結果に基づき、EIUが4つの政治体制別に各国をグループ化。計167か国対象。
1.民主主義(24か国) 2.欠陥のある民主主義(50か国) 3.ハイブリッド(34か国) 4.権威主義(59か国)
(出所)Economist Intelligence Unit(EIU)発行の報告書「Democracy Index 2023」に基づき筆者作成

表2 民主主義指標2023(Democracy Index 2023)EIUを拡大

 他方、日本は「自由民主主義」または「民主主義」の国として定義され、民主主義の度合いは、V-Dem調査で202カ国中30位、EIU調査では167カ国中16位に位置づけられている。しかし、実際には、昨今の政治資金問題のみならず、日本政治において既得権益による権力構造や社会的マイノリティ/非主流派に対する制度の不備が根強く、そして投票率の低さ、政治への無関心も長年問題視されてきた。日本国内の視点では課題が山積しているように映るが、民主主義国としての欧米からの評価は、比較的に高いといえるかもしれない。

法の支配と政治参加は、なぜ重要か

 先述の欧米の調査によると、NIRA総研のプロジェクトで取り上げたアジア諸国と日本とでは、民主主義度に大きな差が生じている。しかし、各国の状況をそれぞれ確認すると、政治腐敗やエリート支配はもとより、経済とグローバル化、移民を含む社会的マイノリティや少子高齢化に関わる政策、対外関係など社会の状況や政治的争点については、共通点も多い。

 アジアと日本を考える上で主なポイント挙げるとすれば、「法の支配」の機能、そして「政治参加」の状況という2点である。プロジェクトを通してアジア諸国の政情から見えるのは、民主主義の根幹である「法の支配」が、本来の目的である権力の濫用を防ぐものとして機能していないことだ。むしろ、公権力・国家権力の保護を優先とし、権力行使によって人びとを効率的に支配するために「法」が利用されている顕著な例が浮かび上がる(例:インドタイシンガポール)。

 一方、日本では、特定の人や政治による支配・権力の濫用はなされていないと言いきれるだろうか。公権力機関はしっかりと法を守っているのか。また、法が恣意的にゆがめられる事態は起きていないか。上述のアジア各国ほどまでに目に見える形ではないとしても、気づかぬうちに「法の支配」に機能不全が起きていないか確認することが、民主主義の維持に重要となる。

 2点目の「政治参加」に関しては、選挙の投票だけでなく、社会運動への参加や討論会・デモへの参加等も含まれている。政治参加の観点では、V-DemとEIUの調査でも日本は「政治参加」と「参加的要素」のスコアが他の項目と比べて明らかに低く、そして、国別で見ると民主主義度が低いとされる他のアジア諸国の方が、スコアが高い場合もある(表1、2の赤枠内を参照)。

 政治参加の重要性について、インド政治専門家の中溝和弥氏は、権威主義化が進むインドにおいて、抗議の声を上げる空間とグローバルな市民社会ネットワーク構築が、民主主義の灯を消さないために必要となるという。また、シンガポールパキスタンタイなどの事例では、政治不信が人びとの積極的な政治参加を促すことを示している。とりわけタイについては、多くの人びとが新聞を読む習慣があることが政治意識の高さにつながっているとタイ政治専門家の外山文子氏は指摘している。

 しかし、積極的な政治参加によって、既存の政治に変化を起こすとまでは言い切れない現状もある。選挙で改革を掲げて、人びとから圧倒的な支持を得て選ばれた政治家が、「法」と既成の権力者によって、行く手を阻まれる事例も確認されている。タイのピター氏は政権の座に就くことを阻止され、パキスタンのハーン氏は政権奪取したものの、後に軍と複数の野党が結託する形で失脚している。ただ、どちらの政治家もまだ改革を諦めておらず、今後の動向には注視が必要となる。積極的な政治参加が、政治腐敗を廃し、国民主権に基づく民主政治が達成される可能性がある一方、運用次第ではフィリピンの事例のように、民主化を勝ち取った人びとが、再び権威主義政権(例:ドゥテルテ政権)を選び取ることもある。

 先に触れた通り、日本では投票を含む政治参加に消極的であり、政治関心も高くないとされている。アジアの事例を通して考えると、その理由を、政治不信がなく政府への信頼が高いためと言えるかもしれないが、政治思想専門の重田園江氏は、NIRAオピニオンペーパーNo.74で、「政治への関心と政府への信頼は必ずしも連動しない」と述べている。また、日本の政治不信は以前から指摘されており、政治参加との関係性は分かっていないことが多い。

 政治参加が民主主義にとって不可欠な要素であることは、否定しようがない事実である。ただ、政治参加のみを過度に重視することは、民主主義の遂行にはならない。日本において、政治参加の向上も含む民主主義の維持に必要なものは何か。様々な方向性から探ることが重要だ。

アジアを通して日本をどう見つめるか

 欧米の調査結果からは民主主義度が高いとされている日本だが、国内では民主主義が後退しているという印象を持つ人は少なくないだろう。それと同様に、アジア諸国に対する混沌とした欧米からの評価と、その国々で生きる人たちの実情とでは、大きな差があるように見える。タイやシンガポールなどでは、人びとが既存の政治への憤りだけでなく、未来への希望を胸に政治参加している様子が目に浮かぶ。それは、今すぐに現状を変えられないとしても、今後変わる可能性を十分に秘めていると感じさせるものだ。果たして日本にも、彼らのような湧き出る活力はあるだろうか。

 政治腐敗を防ぎ、民主主義の政治システムを運営するには、人びとの政治意識の醸成は必須となる。権力を持つ者が個別利益の追求のために権力を濫用していないか、そして、濫用の結果として何が起きるのか。それらを学び、知ることは、権力の監視へと繋がり、腐敗の抑止力になりうる。ここでカギとなるのは、たとえ権力を持たなかったとしても、自らの行動で政治が変わる(政治的有効性感覚)と感じられる、実際に変えることができる民主的な社会であるか否かだ。日本が本当に民主的な社会といえるのか、法の支配は機能しているのか、個人の尊厳と基本的人権の尊重がすべての人に保障されているのかなど、アジアの学びを通して、改めて問い直す意義があるだろう。その先に、新しい理想の民主主義の形が描けるかもしれない。それぞれに考えることで、私たちがどのような社会に身を置き、そして、今後どのような社会にしていきたいと願うかが見えてくるはずだ。

執筆者

宇田川淑恵(うだがわ よしえ)
NIRA総合研究開発機構研究コーディネーター・研究員

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