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研究 研究を読み解く

日本経済と持続可能な成長

政策提言ハイライト

賃上げを伴うリスキリングの実現へ、価値観を変革できるか

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2024.04.30

 成長分野への労働移動を促すことが日本経済の課題となっている。そのためには、リスキリングを推進することが重要だといわれる。労働者の中で、賃上げを伴うリスキリングや転職に前向きな人は少なくない。しかし、主体的にリスキリングを行っている人は限られるのが現状だ。背後には、学びと仕事の関連性が弱く、キャリア自律が低いといった日本の問題がある。個人の意識を変革し、リスキリングで収入が増加するという期待を持てるような環境にしていく必要がある。

求められる「成長分野への労働移動」

 今年の春闘において、全国的な賃上げが行われている。一方、賃金の伸びを上回る物価の高騰が続き、実質賃金は前年比で減少し続けている。日本経済には、抜本的な成長が必要だ。今、産業構造の高度化や、デジタル化が進む中で、労働者が成長産業へ移動し、個々人が能力を発揮して生産性を向上させることが求められている。デジタル化やグローバル化に適応するためにリスキリングを促進することは世界的な潮流であるが(OECD 2021; Cedefop 2015など)、労働の流動性が低い日本においては、「労働移動の円滑化」と「人への投資」の両方に取り組むことが課題となっている。

乖離する意識、意欲、実態

 図1は、NIRA総研が2022年に行った就業者調査で、転職への意欲を調べた結果である。新しい知識・技能を学ぶ必要がある職場を提示された場合、賃金が今より20%上がるならば転職したいと思う人の割合が23%となっている。現在の知識・技能で働ける職場への転職と比べると若干意欲は減退するものの、リスキリングと賃上げをセットにした転職に前向きな人は少なからずいることがわかる。

 ところが、実際にリスキリングを行う人は多くないことがわかっている。NIRA総研の調査では、週当たりの学習・自己啓発・訓練の時間がゼロの人の割合が半数近くにのぼった。同じく、自己啓発を行う人が少ないことを示したマイナビの調査では、その理由として「行いたいと思わない」を挙げる人が6割で最も多く、時間や金銭面の理由を上回ることが明らかになっている。賃金が上がるならばリスキリングに前向きになれるが、現状はそうでないためにリスキリングの必要性を感じられず、行っていない。そのような状況ではないだろうか。NIRAオピニオンペーパーNo.70「失業なき労働移動を実現するために―政労使による議論を経て」の中で、佐藤厚氏(法政大学教授)は、学び直しという規範が浸透しておらず、学んでも企業で評価されにくいことが、日本人のキャリア自律の低さにつながっていると述べる。

リスキリングの価値を社会に浸透させる

 長期・終身雇用や年功型賃金等を特徴とする日本型雇用システムは、雇用が多様化した現在もなお社会の根底に残り、王道のキャリアとして人々のイメージにあるだろう。主体的なリスキリングや、それを前提としたキャリア形成の意識を根付かせることは容易ではない。政府は職業情報サイトjob tagやジョブ・カードなど、職業や必要なスキルを調べて求職活動や能力開発に生かせるツールを提供しているが、そもそもそういった取り組みにアクセスするきっかけや意識がないという人も多いと思われる。まずは、学ぶことの効果を職場において実感できるようにすることから、意識変革を始めるべきだ。三浦章豪氏(新しい資本主義実現本部事務局次長(当時))は先述の論考の中で、「主となる仕事を持ちながら違う職を体験すること」が、個人のキャリアアップや主体的な労働移動に資すると指摘している。兼業や副業、あるいは在籍型出向を経験する中で、自らがリスキリングに対し、非金銭的な価値のみならず金銭的な価値をも見出す。そうしたチャンスと巡り合いやすい環境に変えていくことも大切である。リスキリングが収入の増加に結びつくという期待を形成できるように、身近な好例を積み重ねて、社会全体で共有していくことが望まれる。

執筆者

関島梢恵(せきじま こずえ)
NIRA総合研究開発機構主任研究員

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