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2024.03.29
世界中で異常気象が相次ぐ中、脱炭素社会への移行は、人類にとって待ったなしの課題だ。その実現には、環境に配慮した経済活動を支える「グリーンスキル」を有した労働力が欠かせない。しかし、その供給不足が問題となっている。グリーンスキルを明らかにし、教育投資を促すことは、環境と経済の好循環を実現する上でも、脱炭素化により影響を受ける人々がその恩恵を受ける「公正な移行」を実現する上でも必要不可欠だ。
深刻化するグリーンスキルの供給不足
2023年は観測史上最も暑い1年となった。世界中で異常気象が相次ぎ、人々の生活や経済活動に深刻な影響が出ている。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は「この10年間に行う選択や実施する対策は、現在から数千年先まで影響を持つ(確信度が高い)」と警鐘を鳴らす(IPCC, 2023)。CO2排出実質ゼロの「脱炭素社会」への移行は、人類が一致協力して解決すべき喫緊の課題だ。
その実現は、環境に配慮した経済活動を支える「グリーンスキル」を持った労働力の拡大なしには成し得ない。グリーンスキルの概念は広く、クリーンエネルギーの生産など、気候変動と直接対峙する専門家や技術者が身につけるスキルだけにとどまらない。近年、多くの職種でデジタルスキルが求められるように、より持続可能な方法で経済活動を行うために幅広い職種で求められるスキルの集合体だ。
米国LinkedIn社の調査によると、調査対象の48か国で、2022年から2023年にかけて、グリーンスキルを持った労働者に対する需要の伸び(+22.4%)は、供給の伸び(+12.3%)を大幅に上回り、供給不足となっている(LinkedIn, 2023)。世界が脱炭素化に向けて加速する中、グリーンスキルへの大規模な教育投資がなければ、供給不足は一段と深刻化し、脱炭素社会への移行の足かせとなりかねない。
グリーンスキルへの理解を広め、教育投資を促進させる
社会全体でグリーンスキルを蓄積する上での1つの課題は、日本では、その内容、教育方法、修得することで得られる収益など、グリーンスキルへの理解があまり浸透していないことではないだろうか。大久保敏弘氏(慶應義塾大学経済学部教授)はNIRAオピニオンペーパーNo.73で「グリーンジョブを推進するためには、グリーンジョブに求められる訓練メニューを明らかにし、グリーンジョブへの転換を希望する就業者が、適切な訓練を受け、必要なスキルを修得する支援が不可欠」と指摘する。
では、現状として、グリーンジョブはどのような職種で行われているのだろうか。筆者が知る限り、日本のグリーンジョブの実態を大規模調査によりはじめて確認した、大久保敏弘研究室とNIRA総研の調査結果を見ると、グリーンジョブは、研究者や管理職、エンジニアなど、高度な認知スキルや対人スキルを要求する職種でよく行われており、これらの職種の賃金は高い傾向がある(図1)(大久保, 2023)。また、グリーンジョブに従事する労働者は、他の労働者と比べて学歴が高く、多くの教育を必要とすることがうかがえる。
図1 職種別にみたグリーンジョブの割合と年収の関係
こうした結果からは、グリーンジョブを行っていない労働者が、再教育を受けずにグリーンジョブに転換することは難しいように思われる。しかし、教育投資はその成果が見えるまで時間がかかるため、社会的にはグリーンスキルの供給不足が生じていても、個人の観点では大きなリスクを伴うように見え、教育投資が抑制されてしまう恐れがある。政府は、労働者が自発的に学習、訓練してグリーンスキルを獲得するように、スキルの内容や経済・社会的なメリットを明らかにしてその理解を広めたり、政策的な支援を通じて、教育投資を促すべきだ。
スキルギャップを埋めて、「公正な移行」を確保する
もっとも、脱炭素化は、世界の労働市場に大きな構造的変化を及ぼす「現代の産業革命」であり、炭素集約的な産業に従事する人々や、それが主力の国、地域にとっては脅威である。脱炭素化への反発を最小限にとどめるには、脱炭素社会への移行により影響を受ける人々が、その恩恵を公平に享受できる「公正な移行」の視点も忘れてはならない。そのためにも、既存の職種とグリーンジョブのスキルギャップを明らかにして、脱炭素化の恩恵を受ける準備が整っていない労働者に対しては、学習機会を提供する必要がある。
環境政策は、もはや「環境保護」か「経済成長」かの二項対立で捉える時代ではない。脱炭素化を成長の機会と捉え、環境と経済の好循環につなげる。誰も取り残さない移行を実現する。そのためのグリーンスキルの明確化、効果的なグリーンスキルへの投資戦略が求められる。
参考文献
大久保敏弘(2023)「脱炭素社会実現に向けたグリーンジョブの推進―就業者実態調査から見る現状と課題―」NIRAオピニオンペーパーNo.73
IPCC. (2023)Summary for Policymakers In: Climate Change 2023: Synthesis Report. Contribution of Working Groups I, II and III to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change [Core Writing Team, H. Lee and J. Romero (eds.)].
LinkedIn(2023)Global Green Skills Report 2023.
OECD(2023)Job Creation and Local Economic Development 2023: Bridging the Great Green Divide.
執筆者
井上敦(いのうえ あつし)
NIRA総合研究開発機構主任研究員