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ビジョンの共有と政策形成、そのプロセスを明確にせよ

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2024.01.30

 長年議論されているが実現しない政策の1つに給付付き税額控除がある。この政策は、教育格差のみならず、義務教育後の雇用、そして生活にも影響を与える。にもかかわらず、採用に至らないのは、一領域の専門家内での議論に終始しているからだろう。税の専門家に加え、教育政策、福祉政策、雇用政策を担当する専門家が集まり、政策の必要性やアプローチ、体制について議論すべき課題である。政策分野を超えて、ビジョンを共有し、政策形成につなげるプロセスの確立が求められる。

1つの政策の不作為が負の連鎖を生む

 日本で長年議論されているが実現しない政策の1つに低所得や子どものいる家庭に対する現金給付がある。この制度は給付付き税額控除といわれ、税額控除の恩恵が届かない世帯についても、世帯の所得や子どもの数に応じて、給付が受けられる仕組みだ。多くの先進諸国では一般的に導入されているが、日本では、一部の関係者の中での議論に終始し、実現不可能な理由も明らかにされないまま時間だけが経過している。

 日本は、諸外国と比較して、子どもの相対的な貧困率が高いといわれている。それは、1つには、給付付きの税額控除制度が導入されておらず、低所得層や子どものいる世帯への対応が不十分であるためだ。子どもの貧困問題は、その後の教育にも影響を与えてしまう。教育の専門家の間では、家庭の社会経済的な地位が、子どもの教育水準、ひいては、子どもたちの義務教育後の高校の進路を決め、その先の教育や社会人となってからの生活を限定してしまうことが議論されている。

教育格差も政策にリーチしない

 では、こうした状況に対して、政策的な対応は進んでいるのか。弊機構が先日公表した「日本と世界の課題2024」(注)で垂見裕子氏(武蔵大学社会学部教授)は、教育格差という言葉は社会に浸透したが、社会全体としての取組みは鈍いと指摘する。同氏は、家庭の社会経済的地位による学力格差が放置されてしまう理由を3つ挙げている。第1に、客観的なデータによる問題把握ができていないこと、第2に、日本には生徒や学校を平等に扱うべきという平等観があり、家庭の社会経済的な地位が劣る子どもへの支援を妨げていること、第3に、家庭の社会経済的な環境によって行く高校が決まるため、このような格差を自分ごとと捉える機会が少ないことだ。しかし、これらはいずれも、政府の取り組みによって対処できる問題である。

教育だけでは対応しきれない政策

 一方、実際の解決策となると、家庭への金銭的な支援や、教育への予算増額だけでは問題は解決しないとの見方がある。20年以上、中途退学の問題に向き合ってきた山田勝治氏(大阪府立西成高等学校校長)は、補講などの学習体制を敷いても子どもたちは学びから逃げようとすると指摘する。「一般的には、「基礎学習」の保障のための手厚い学習体制や熱心な補講習などが想起されるが、私はそう思わない」。そうではなく、福祉政策とも連携しながら、市民として社会に参加するスキルや主体的な行動を高める取り組みが必要だとする。

 また、教育政策と福祉政策の連携強化の考え方は、雇用支援の望ましい在り方にもつながる。新規高卒者や生活困窮者の雇用を専門に研究している筒井美紀氏(法政大学キャリアデザイン学部教授)は、本人の希望や適正・能力に合ってさえいれば就業が継続すると考えるのは間違いだと指摘している。家庭の機能不全など様々な事情を抱えている人の場合には、生活者としての安心・安全が確保されなければ、仕事を継続することが困難である。「格差や貧困という現実を凝視したうえで、福祉的配慮も含めた、なだらかなキャリアラダーを創り出すことができるのか。国や自治体はそれを促進できるのか」と問うている。

垣根を超えた議論の場を

 以上のように、給付付き税額控除という税制の問題は、教育、福祉、そして雇用分野にも関係していることがわかる。長年、店(たな)晒し案件になっている給付付き税額控除。これが採用に至らないのは、税の専門家の中での議論に終始しているからだろう。これは税制の専門家だけで議論する問題ではなく、教育政策、福祉政策、雇用政策を担当する専門家が集まり、政策の必要性やアプローチ、体制について議論すべき課題である。

 この問題の病巣は、政策立案の際にビジョンを社会がどう共有し、それを実現するためにどのように政策を形成していくのか。そのプロセスが曖昧であるからではないか。分野をまたがる政策の連携については、菅沼隆氏(立教大学経済学部教授)が次のように指摘する。「ビジョンの達成に向けて『何をなすべきか』を考えるのが政界・官界・財界・労働界、教育界、地方行政のリーダーの使命である」。

 目指すべき将来の姿を人々が共有し、それを達成するために何をすべきなのか、省庁や専門分野を超えて議論を重ねて合意を形成する。これが、最も日本の行政に望まれる点であり、また、欠ける点でもある。

参考文献

NIRA総合研究開発機構(2024)「日本と世界の課題2024

脚注
本文での引用部分は、すべてNIRA総合研究開発機構(2024)「日本と世界の課題2024」より引用

執筆者

神田玲子(かんだ れいこ)
NIRA総合研究開発機構理事・研究調査部長

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