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2023.12.14
スタートアップにとって資金繰りは重要な課題だ。金融庁は、金融機関から支援を受けやすくするため、会社の総財産を担保にできる「事業成長担保権」の新法案を2024年に提出する。普及のためには、事業性を評価できる人材の育成が不可欠だ。また、担保権が設定されていることは公示されるため、取引先にネガティブに映らないようにしなければならない。広報により、担保権の設定は「前向き」なものであると、周知徹底する必要があるだろう。
スタートアップが成長する際のネックの1つに、資金繰りが挙げられる。わたしの構想No.65の小田島伸至氏(ソニーグループ株式会社事業開発プラットフォームStartup Acceleration部門副部門長)によると、経営者の時間の3分の1が費やされているようだ。これは資金調達の難しさに起因する。金融機関は通常、企業の決算書、つまりは企業経営のこれまでの「結果」を見て与信(融資)判断を行う。しかし、スタートアップなどまだ結果が出ていない成長途上の企業に対しては、不動産などの有形資産担保などを求める傾向にある。それに応じることが出来ず、十分な融資を受けられない企業も少なくなかった。
金融庁はこの課題を解決すべく、知的財産権や将来生まれるキャッシュフローなど事業の成長力を担保として設定できるようにする新しい法案を2024年の通常国会に提出する予定だ。無形資産を含めた事業価値全体に「事業成長担保権」を設定することで、金融機関がスタートアップを支援しやすくなることが期待される(図1)。
図1 事業成長担保権の概要
事業性評価ができる人材を育成する
では、事業成長担保権が使われる制度となるにはどのような課題があるか。みずほ銀行の「金融機関から見た事業成長担保権」には、スタートアップに対して担保権を設定する場合、VC(ベンチャーキャピタル)等からの出資が既になされているか、同時に導入するイメージ、という記載がなされている。このことから金融機関が率先してスタートアップを支援するのではなく、VCの後発、もしくは同時の支援になる可能性があり、積極的な活用がなされない恐れがある。
一方で、前掲わたしの構想No.65の中で福島弘明氏(株式会社ケイファーマ代表取締役社長)は、VCはプロジェクトを正当に評価・支援できる「目利き人材」をもっと活用させるべきだと指摘している。現状、VCの段階で支援が滞ってしまうと、金融機関による支援の検討すら始まらないという事態になりかねない。
金融機関による事業成長担保権の積極的な活用するためには(また、VCによる投資を促進するためにも)、事業性を評価できる人材の育成が欠かせないのである。各金融機関にはそれぞれの与信判断基準があるとはいえ、政府が主導して教育と訓練を提供することが望ましい。
前向きな資金調達であることの広報が不可欠
不動産に抵当権を設定した場合、登記によって外部から権利関係を認識できるように示すのと同様に、事業成長担保権を設定した場合にも、商業登記簿への登記をすることが想定されている。商業登記簿謄本は誰でも取得が可能であり、担保権を設定したスタートアップの取引先にも「会社の総財産を担保に入れて融資を受けている」ことが伝わってしまう。担保権設定登記が当該スタートアップの信用不安の兆候として見えてしまえば、スタートアップとの取引解消・断念にもつながりかねない。スタートアップを育成するための制度であるのに、それが健全な取引を阻害してしまっては制度趣旨にもとる。
とはいえ、担保の設定状況は第三者(潜在的な与信者など)にとって重要な情報であり、公示は不可欠だ。そこで、事業成長担保権の設定が取引先にネガティブに映らないようにするために、制度の周知と理解を深める広報活動が非常に重要になる。将来利用する可能性のあるスタートアップへの訴求はもちろん、その取引先に「前向きな担保設定」だという心理的安全を確保することにもつながるだろう。
参考文献
NIRA総合研究開発機構(2023)「スタートアップを人生の「普通の選択肢」にする社会へ」わたしの構想No.65
金融審議会 事業性に着目した融資実務を支える制度のあり方等に関するワーキンググループ(2023)「報告」
金融庁(2023)「事業成長担保権について」
みずほ銀行(2022)「金融機関から見た事業成長担保権」
執筆者
鈴木壮介(すずき そうすけ)
NIRA総合研究開発機構研究コーディネーター・研究員