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2023.12.05
2023年、岸田政権が「異次元の少子化対策」と「こども未来戦略方針」を打ち出し、日本の少子化を食い止めるラストチャンスだと宣言した。少子化対策の予算を倍増する政府の提案が議論される中、本稿では少子高齢化問題を巡る、税制と社会保険の問題と見直し、婚姻率低下の影響等、多角的な課題と対策について検討する。
日本のラストチャンスという「こども未来戦略方針」
少子高齢化は、日本が直面する最も大きな課題の1つであり、その将来に深刻な影響を及ぼす。国立社会保障・人口問題研究所の予測では、出生率の改善がなければ人口は急速に減少し、2100年には5,000万人を下回る可能性がある。これにより、労働力の枯渇、市場の収縮、社会保障の危機、地域の衰退、そしてシルバー民主主義の進展が懸念される。
そうした中、岸田首相が2023年1月の年頭会見で「異次元の少子化対策」を打ち出し、同年の6月には「こども未来戦略方針」の案を詳述した。政府は2030年までが「日本のラストチャンス」と主張し、子育て予算の倍増を目指し、2024年度からの3年間に渡って、年間3兆5,000億円規模の新たな少子化対策の実施が計画されている。ただし、日本の厳しい財政状況のもとで、多額な費用の妥当性と政府の以前の取り組みの有効性の有無がいまだに国会で議論されている。その議論には、NIRA総合研究開発機構が2023年5月に発行したオピニオンペーパーNo.65「子育て世帯の負担と給付の公正性は確保されているかー被雇用者世帯の所得と負担率の国際比較分析ー」にて紹介されている要素が重要である。
OECD諸国との対照で見る低所得・子育て世代への支援と税負担の見直しが必須
オピニオンペーパーNo.65の分析では、OECD諸国との比較で見ると、日本の子どもと家族への支援は相対的に低く、低所得世帯の税と社会保険の負荷が重いことが指摘されている。図1では、双方の親が働き二人の子どもを持つ典型的な家族の負担と受け取る給付の関係が示されている。
OECDの平均と比べると、日本政府から子育て家族が受ける支援の不足が際立っている。特に、世帯年収の水準が、平均比60%から75%の世帯は5%から10%の高い負担率を抱えており、OECDの平均ではこの層は受け取る給付が税金を上回り、実質の負担率がゼロまたはマイナスになるのとは対照的だ。所得が中央値に近づくにつれ、日本とOECD諸国の負担率の差は縮まるが、完全には解消しない。子どもがいない低所得家族や個人も同様に、この高負担を背負っている。逆進的なこの税制と支援の欠如は、日本社会において、特に経済的に余裕がない層が子どもを持つことの困難さを増しており、出生率の低下に拍車をかける一因となっている。
この問題を対処する方法の1つとして、フランスの「N分N乗方式」(注1)に倣った税額控除の導入が検討されるべきだ。子どもの数に応じて税率が低くなる方式で、家族が子どもを持つこと、またはさらに子どもを増やすことへの直接的なインセンティブとなる。
少子化の背後にある婚姻率低下の課題
前節で強調されたように、家族への財政的負担を軽減することは少子化対策には不可欠だ。しかし、それと同時に、日本の婚姻率の低下という別の重要な課題にも目を向ける必要がある。NIRA政策共創の場「いかに少子化社会から脱却するか」では、日本の出生率低下の主要因の1つとして婚姻率の低下を挙げている。1975年には50歳時の男性の未婚割合が2.1%、女性が4.3%であったのに対し、2020年にはそれぞれ28.3%、17.8%まで大幅に上昇した。図2では、その変化の婚姻率への影響を表している。
日本では婚外子の割合が約2%と低いため、婚姻率の減少は少子化に直結している。国立社会保障・人口問題研究所の第16回出生動向基本調査によると、25~34歳の独身男女が結婚しない主な理由は、「適当な相手にまだめぐり合わないから」で、約6割が「理想の相手が見つかれば1年以内に結婚する意向がある」と答えている。この質問が1987年に初めて調査に含まれて以来、結婚願望は一貫して高い。ただし、懸念としては、2000年代後半から「異性とうまくつき合えない」と感じる人が約1割から2割に倍増し、18~34歳の未婚男女の3人に1人が「異性との交際を特に望んでいない」とも答えている。要するに婚姻率を上げるためには、より包括的な支援が不可欠とされている。また、先述した日本の逆進的な税制に加え、非正規雇用の増加も問題とされている。特に、非正規雇用の男性は正規雇用の男性に比べて未婚率が高く、雇用形態や経済状況に対する対策の重要性が浮き彫りになっている。
婚姻率の引き上げに向けて、政府は自治体などに支援を提供し、結婚相談サービスを充実させることで婚姻率の低下に対応しようとしている。しかし、マッチメイキングだけでは根本的な解決には至らず、ジェンダー平等やワークライフバランスの改善など、より広範な社会改革が婚姻率向上のためには不可欠であると考えられている。
おわり
政府が少子高齢化の深刻さを認識し、対策に財政資源をより多く投入する姿勢は評価できる。しかし、子どもを持つ家族の支援、低所得層の不均等な負担の是正、結婚率の向上、そしてジェンダー平等、ワークライフバランス、経済的安定性といった根本的な課題に立ち向かうことなくして、日本の出生率の低下を食い止めることはできない。これらの問題は単独で存在するのではなく、相互に影響を及ぼし合っている。したがって、日本が本当の意味で人口問題に取り組むためには、一元的な施策ではなく、社会全体の変革を促す多角的な戦略が求められる。
参考文献
翁百合(2023)「子育て世帯の負担と給付の公正性は確保されているか―被雇用者世帯の所得と負担率の国際比較分析―」NIRAオピニオンペーパーNo.65
NIRA総合研究開発機構(2023)「いかに少子化社会から脱却するか」政策共創の場No.3
国立社会保障・人口問題研究所(2023)第16回出生動向基本調査(結婚と出産に関する全国調査)
- 脚注
- 1 日本経済新聞(2023)少子化対策で注目「N分N乗」 働き方で変わる負担
執筆者
Jonathan Webb(ウェブ ジョナサン)
NIRA総合研究開発機構研究コーディネーター・研究員