NIRAナビ|「研究を読み解く」の個別紹介ページです。

RESEARCH OVERVIEW

研究 研究を読み解く

地域経済と市民社会

政策提言ハイライト

コロナ禍の経験から振り返る地域の政策決定

文字サイズ

2023.09.22

 世界的な新型コロナウイルス感染症の感染爆発は収束し、平時に戻りつつありる。NIRA総研の調査によると、コロナ禍の政策決定について、人々の期待は国よりも自治体のほうが高かった。その一方で、日常で地域における意思決定にはどの程度の関心が持たれているだろうか。コロナ後においても、変動の激しい社会の足腰を強めていくために、地方政治や議会に対する関心を醸成することが必要だ。

コロナ禍を一過的な出来事と終わらせない

 20235月新型コロナウイルス感染症の感染症法の位置づけが5類に引き下げられ、平時に戻りつつある。NIRA総研の宇野重規理事らは、NIRAフォーラム2023「日本人の価値観に合った政策展開を」で、コロナ禍を一過的なもので済ませず、起きた事象や政策の効果などをしつこく検証し、分析していく必要があると指摘する。今後起こりうる非常時に政策や意思決定のあり方を検討する上で、コロナ禍の経験から教訓を得ることは重要だ。

コロナ禍での地方自治体の役割への期待

 図表1は、202210月に実施した、「コロナ禍の政策と行動から見る日本人の自由と平等観」についてのアンケートにおける緊急時の政策決定権に関して国と地方自治体のどちらの決定権を強めるべきかという質問への回答である。これをみると、過半数の人が地方自治体の決定権を強めるべきと考えている。

 また同調査では、コロナ禍での対応や情報発信について、政府機関などをどの程度信頼するかを尋ねている。そこでも、35%の人が地方自治体を信頼できると答えており、国会(15%)や首相官邸(20%)といった国の組織に比べ、高い評価を得た。感染症法の下では、保健所の設置主体である都道府県等の自治体は、感染状況を把握し医療提供体制の確保を担うことになっている。地域によって感染拡大状況の異なる中、前線で感染予防と経済活動の両立に努めた組織としてその取り組みが評価されていたことがうかがえる。

 実際、都道府県の対応策がモデルとなり、全国的に広まった例があった。わたしの構想No.51「未知の感染症に挑む自治体トップの覚悟」では、「和歌山モデル」と称された例をはじめとする、自治体の取り組みが紹介されている。仁坂吉伸和歌山県知事は、当時の対応を感染症法の基本に忠実に従ったことを振り返り、「時には国の指示と見解が異なったが、論理的に物事を判断した上で、県民に対して説明がつくのであれば、知事権限の範囲内で責任を持ってやればいい」のだと語る。

 コロナ禍で自治体がとった対策を地方分権改革の成果としてみる論考もある。行政法を専門とする市橋克也氏は、和歌山モデルを、「法的受託事務に関して常識化した、『繰り返しとして硬直した習慣的なものを突き破る』先進的な事例」であると評している。さらに市橋氏は、同様の先進的事例として、20202月内閣総理大臣よる学校休業要請がなされた際にほとんどの都道府県が国の「要請」に応じる中、これを自治事務と解釈し、独自に休業採否の決定を行った丸山達也島根県知事の対応を取り上げている。

平時における地方政治への低い関心

 緊急時での地方自治体に対する人々の評価は高かったが、地方政治に対する関心は必ずしも高くない。20234月統一地方選挙では、市町村議員・町村長選挙ともに過去最低の投票率を記録した。コロナ禍という緊急時にあっては議会の議決を必要としない専決処分が行われ、首長のリーダーシップは注目されたが、議会や地域政党の働きが重要であった局面はないだろうか。川崎市議会議員の重冨達也氏は、自治体の支援を必要とする人の増える非常時だからこそ、平時とは比べ物にならないほど議会によるチェック機能が重要という見方もあると指摘する。

 しかし、ローカル・マニフェスト推進連盟・早稲田大学マニュフェスト研究所(2023)の調査によると、約半数の人が地方議会は何をしているかわからないと回答している。さらに、国の政治には6割の人が関心があると答えているのに対し、地方の政治になると4割強と低くなる。また信頼度について、「首長」は約3割の人が信頼すると答えているが、「議会組織」「議員個人」の順に下がっていく。一般社団法人官民共創コンソーシアム代表理事である小田理恵子氏は、NIRA研究報告書「デジタル化時代の地域力」で、地方議会の抱える問題として、会派を超えた討議がないことや、市民が議員へとアクセスできる回路が極めて限定されており、地域の政治を「自分ごと」として感じられないことがあるという。昨今の投票率の低下もまさしくこの指摘を裏付けている。

関心を持ち続けるために

 コロナ禍の経験は、政策決定における国と地域の役割分担を考える上で示唆を与えるものであった。緊急時においては、地域レベルの情報発信や対応が人々の生活に大きな影響を与え、自治体の政策決定権を強めることへの期待があった。しかし、平常時において、自治体の意思決定機関である地方議会や議員への関心は高くない。重要な決定が行われても、地域の決定が、自治体と国との関係や、議会での力学の中でどう行われているか、市民が日頃知りうる機会はほとんどない。政府や公共的機関が、人々に地域の政策決定を自分ごとと感じられるように情報を発信し、日頃から関心を持てるように働きかけていくことは、変動の激しい社会の足腰を強めていく上で重要だろう。

参考文献

NIRA総合研究開発機構(2023)「日本人の価値観に合った政策展開をーコロナ政策から得る教訓」オピニオンペーパーNo.71
NIRA総合研究開発機構(2023)「コロナ禍の政策と行動から見る日本人の自由と平等観」についてのアンケート(速報)
NIRA総合研究開発機構(2020)「未知の感染症に挑む自治体トップの覚悟」わたしの構想No.51
市橋克哉(2022)「分権型行政から集権型行政への転形と法治主義および地方自治の危機」市橋克哉・榊原秀訓・塚田哲之・植松健一『コロナ対応にみる法と民主主義ーPandemocracy[パンデミック下のデモクラシー]の諸相』pp.93-122 自治体研究社
重冨達也(2020)「コロナ禍での地方議会とその意思決定」政治と選挙のプラットフォーム「政治山」(2023/9/8アクセス)
ローカル・マニフェスト推進連盟・早稲田大学マニフェスト研究所(2023)「ローカル・マニフェスト推進連盟・早稲田大学マニフェスト研究所共同調査『地方議会議員選挙 マニフェスト活用実態調査2023』報告書」
宇野重規・小田理恵子・吉村有司・庄司昌彦・若林恵(2022)「デジタル化時代の地域力」NIRA総合研究開発機構

執筆者

渡部春佳(わたなべ はるか)
NIRA総合研究開発機構研究コーディネーター・研究員

  • twitter
  • facebook