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「不在者」の声を想像し、社会の形を描き直す

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2023.08.21

 近年、若者の投票率の低さや政治への無関心な態度が問題視されている。そして、投票しないことで、政治や現状への不満がないと解釈されることも多い。しかし、彼らは本当に政治に関心がなく、現状に満足しているのだろうか。投票をしない若者の背景を探り、彼らの意向を把握することは、進行する若年層の政治離れを食い止める大きな鍵となるだろう。社会の一員である「不在者」の実情を理解し、視座を高め、社会を描き直すことが今必要だと考える。

民主主義における不在者の在り方とは

 民主主義への危機意識が、世界規模で高まっている。NIRA総研前会長の故 牛尾治朗氏(ウシオ電機創業者)は、以前のインタビューで「民主主義の原則は不在者の意向を大事にすること」と述べていた。そして、可視化されにくい多様な意見を配慮した上で、調整を行い、意見をまとめていくことの必要性を強調した。投票率が有権者数の半数にも満たない日本(注1)では、そういった様々な声なき声をいかに思い描けるかが大きな課題となっている。

「何も変えることができない」という無力感の浸透

 2023年3月に実施した「第1回政治・経済・社会に関する意識調査(NIRA基本調査)」によると、直近の選挙で棄権した人の割合は、他の年齢階層に比べ若年層(18~39歳)に最も高く、層全体の半数以上を示している(図表1)。また、棄権した人の中に「自分には政府のすることに対して、それを左右する力はない」と無力感を持つ人が多い。一方、別の質問でも、若年層のほうが今後の経済成長の鈍化による困窮を不安視しているというデータが出ている(注2)。近い将来起こりうる困難に不安を抱きつつ、政治に対して無力であると感じる若者たちの声を、どのように政策に反映することができるだろうか。

閉ざされた世界の「外」でつながる社会

 若者研究を専門とする土井隆義氏(筑波大学教授)は、近年の若年層の特徴として、「努力しても報われない」と諦観を抱く一方で、自らを取り巻く社会環境に対して不満を感じていないと指摘する。努力が報われない前提であるため、努力をしたら何かを変えられるという期待も持ちにくい。理想を持たず、期待もしないのだから、現実に対する不満も低下すると土井氏はいう。また、より閉ざされた同質的な人間関係にある若年層は、異なる社会環境にいる他者と出会う機会が失われ、彼らと自分との比較が困難になると述べている。その結果、自分の置かれた社会境遇がどのようなものであっても、「人生はこのようなものだ」「仕方がない」という諦観を持つことで、自分の現状や境遇に対して納得しようとするのだという。

 土井氏の指摘は、わたしの構想No.46「デザイン思考で人間中心の政策を」で述べられた奥村裕一氏(一般社団法人オープン・ガバナンス・ネットワーク代表理事)の意見と反転的に重なる。奥村氏は、行政目線による政策形成への反省を踏まえたイギリスの事例を挙げ、政策の対象となる市民の視点に立つことの重要性を唱えた。政策立案者が、政策対象である当事者と積極的に関わりを持ち、彼らの話を傾聴することで、相手の立場や当事者像を具体的に思い描く。彼らが幸せになる方法を優先して考えながら、「本人さえ気付いてない根底に潜む本音を引き出し、あるいは本音に気付くこと」が必要であると奥村氏はいう。

 土井氏と奥村氏の話の共通点は、立場の異なる他者との関わり・接触を通して、自分の「外」の世界で見えてくるものの重要性だ。異なる他者を通してこそ、私たちのいる社会がどのような形をしているのかを描くことができる。その社会が美しい線を描いているのか、それとも見るに堪えないいびつな形をしているのか。他者との接触が失われたコロナ禍後の今だからこそ、私たちは異なる他者とふたたび出会いはじめ、見えない彼らの声を聴き、社会で何が起きているのかを知る必要があるだろう。

理想の民主主義の実現に向けて

 不在者の声は捉えにくい。しかし、不在者も、そして声を出せない人たちも、私たちの住む社会の一員である。牛尾氏が述べたとおり、不在者の意向を探り、彼らや少数派からの賛同も得られうる意見をまとめることが民主主義の理想だ。その実現のために、人びと、とりわけ若者たちが、なぜ「不在者」になっていくのか考える必要があるだろう。政治だけでなく、身の回りの社会環境に対して無力感を抱く彼らが、より良い日常のために何かを変えることができると実感できるような仕組みづくりが、政策立案者含め、私たちにも今後より一層求められる。

執筆者

宇田川淑恵(うだがわ よしえ)
NIRA総合研究開発機構研究コーディネーター・研究員

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