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日本経済と持続可能な成長

政策提言ハイライト

起業家精神を培う環境と社会の構築

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2023.07.25

 近年、東京のスタートアップ・エコシステムの順位は下降傾向にある。その一因は、日本全体で、起業マインドを持った人材が不足していることだ。この課題に対処するためには、学校での起業家教育を年代に応じた方法で充実させる必要がある。また、子どもたちが、ミスや失敗に対してプレッシャーを感じずに発言や挑戦ができる環境を整えることも重要だ。

 多くの都市でスタートアップ・エコシステムが急発展するなか、東京のスタートアップ・エコシステムのランキングは2021年に9位、2022年に12位、2023年に15位と下降傾向にある(注1)。日本のエコシステムは、人材・事業・資金の各面でさまざまな課題を抱えているが(注2)、ここでは人材不足に着目したい。

スタートアップに関心のある人材が少ない

 わたしの構想No.65の中で、福島弘明氏(株式会社ケイファーマ代表取締役社長)は、日本ではスタートアップに関心のある人や起業マインドを持つ人が少ないと指摘する。大学・大学院生を対象にした起業意識調査を見ても(注3)、半数以上が大学卒業後は企業で働くことを希望する一方、創業者として自分の会社を経営すると回答した者は全体の3%しかおらず、学生の起業への関心の低さが窺える。

 その主な理由として、新卒一括採用制度により、企業への就職が一般的であるという雰囲気が醸成されていること、起業はハイリスクであるという社会通念が根強いこと、さらには、起業のプロセスに関する情報が乏しく起業アイデアを実行に移しにくいなどの点が考えられるだろう。

起業家精神を育む教育

 では、起業への関心を高めるために、必要なことは何か。

 図表1は、日本における、起業家向けの資金供給や政府の起業家精神を奨励する政策など「起業家的枠組みの条件」に対する専門家による評価を示したものだ。これらの評価は、各経済圏における起業環境の質を判断する指標となるが、日本は、社会的・文化的規範と、学校での起業家教育の面において、Level A(1人当たりGDPが40,000ドル以上の高所得経済圏)の平均を大きく下回っていることがわかる。つまり、「社会全体で起業家精神を奨励し称賛する」という点と、「学校で起業家精神のアイデアを取り入れる」という点について、日本は改善の余地があると理解できる。

 まず、社会的・文化的規範に関しては、社会全体の起業家文化を醸成することが求められる。前掲わたしの構想No.65の中で松尾豊氏(東京大学大学院工学系研究科教授)が示唆するように、スタートアップの良さや成功例を伝え、起業に対するポジティブなイメージが広まれば、自ずと挑戦する者が増えるはずだ。しかし、その前提として、起業が失敗に終わってもやり直しがきく社会を制度整備や社会変革を通じて作り上げることが不可欠だ。

 一方、学校での起業家教育については、対象となる年代に応じてアプローチが異なる。数年の間に社会に出る高校生・大学生には、起業家との交流を通じて身近な体験談を聞いたり、ビジネススキルや経営などの専門知識を身につけたり、既存のスタートアップでのインターンシップでより実践的な学びを得られる機会を提供するなど、起業のアイデアをスムーズに実現できるよう後押しすることが求められる。

 他方、将来の選択の幅がより広い小中学生には、起業家になることを目的化するのではなく、あらゆる社会活動や経済活動において重要となるスキル−自ら課題を見つけ、その課題を解決するために学び、考え、判断し、行動するといった力−を総合的に育む教育を実施すべきだろう。また、児童期のうちに、内発的モチベーションを高めるような、自分の意思で自分の人生を切り開いていく気概を育むことも大切だ。

失敗に厳しい社会から、失敗を成長の機会と捉える社会に

 その際、「ミスや失敗は許されない」、「他者に合わさなければならない」といった暗黙のプレッシャーから、子どもたちが発言を控えたり、挑戦を躊躇したりすることがないように、自己表現を促進する雰囲気・環境を作ることも忘れてはならない。

 起業がリスクや失敗を伴うものであることは否定しないが、失敗を避けることばかりに焦点を当てるのではなく、失敗を学びの機会と捉え、挑戦することの重要性を社会全体で共有することが必要だ。こうした取り組みを通じて、より多くの人が起業家精神を培い、新たなアイデアやビジネスに積極的に挑戦し、社会全体の活力となることを期待したい。

執筆者

羽木千晴(はぎ ちはる)
NIRA総合研究開発機構在外嘱託研究員

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