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社会課題に対する共通認識を育てる

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2023.06.30

 子育て支援や少子化対策は、当事者意識を持ちにくい政策課題だと言われている。国民の合意を形成するためには、議論を行ううえで前提となる「共通認識」を醸成することが必要である。その方策の1つがデータによる可視化だ。とりわけ重要なのは、人びとが解釈できる形でデータを提示する工夫である。自分と異なる立場や世代の他者への共感を呼び、課題解決への議論に巻き込めるか。このような視点が政策形成で果たす役割は大きいと考える。

「ずれた」個人主義に蝕まれる社会

 我が国は、経済成長の停滞や巨額の財政赤字、社会保障の持続性への懸念など、国全体で対処しなければならない多様な課題を抱えるが、政府と国民がともに議論できているとは言いがたい。先般逝去した牛尾治朗氏(ウシオ電機創業者/NIRA総研前会長)は、2018年に行われた対談「中核層が活躍できる社会の構築」の中で、利己主義が強くなりすぎている日本社会に警鐘を鳴らしていた。自分も相手も同じ個人として大切にするという本来の個人主義への理解がずれているという。

 それが顕著に表れているのが、子育て支援や少子化対策ではないか。山崎史郎氏(内閣官房参与兼内閣官房全世代型社会保障構築本部総括事務局長)がNIRAフォーラム2023での「熟議民主主義」の議論で述べたように、少子化は人口減少に直結し、日本の根幹を揺るがす深刻な問題であるにもかかわらず、男性や企業は「無関心」になりがちだ。子育てを終えた世代でも当事者意識は持ちにくく、「共感」、「責任感」、「使命感」が醸成されにくい。そのため対策について国民の合意が形成されずに状況が改善しない、という問題提起だった。

共通認識を醸成できるか

 NIRA総研の「第1回政治・経済・社会に関する意識調査(NIRA基本調査)」によると、さまざまな社会課題に対する危機意識は、ある程度人びとに共有されていると思われる。医療サービスや緊急時・災害時の支援といった公的サービスについて、水準向上のために追加負担の意思を示す人さえ少なからずいる(図表1)。子育て支援も20%以上の人が追加負担の意思を持つ。

 カギとなるのは、支出の無駄を削減すべきという厳しい視線を受けとめたうえで(注1)、先述の議論内でも指摘された、熟議の前提となるさまざまな問題についての「共通認識」を、人びとに醸成できるかどうかだ。三神万里子氏(ジャーナリスト)や古田大輔氏(ジャーナリスト/メディアコラボ代表取締役)は、データによる可視化や客観的な統計データの提供が重要だと主張している。その際、単にデータのオープン化を進めるのではなく、人びとが解釈しやすい形で提示する工夫が必要であろう。

データによる可視化で他者への共感を呼び起こす

 翁百合氏(日本総合研究所理事長/NIRA総研理事)は、「子育て世帯の負担と給付の公正性は確保されているか」の中で、世帯の所得と負担率の関係をシミュレーション分析し、さまざまな世帯構成間での比較や国際比較を行っている。税と社会保険制度の負担、児童手当などの給付を詳細に考慮した結果、日本は子どものいない世帯に比べて子育て世帯への支援が薄いことや、所得による児童手当の減額・停止等が負担率の歪なカーブをもたらしていること、低所得層における負担率が他の所得層と比べて相対的に高いことなどを明らかにした。こうした検証結果が共有され、どのような人びとがどの程度苦しい状況に置かれているのかという共通認識が形成されたならば、負担の大きい低所得の子育て世帯への支援が急務だという指摘や、負担と給付の公正性を確保すべきだとの主張に対し、人びとの共感が得られやすいのではないだろうか。

 昨今、我が国はデータ収集やその利活用を推し進めている。政策立案者やデータ分析者が、得られた情報をどのようにかみ砕いて人びとと共有していくかが、今後の政策形成における重要な要素になるであろう。

参考文献

NIRA総合研究開発機構(2018)「中核層が活躍できる社会の構築―個人の尊重と信頼の醸成が鍵」オピニオンペーパーNo.37
NIRA総合研究開発機構(2023)「子育て世帯の負担と給付の公正性は確保されているか―被雇用者世帯の所得と負担率の国際比較分析」オピニオンペーパーNo.65
NIRA総合研究開発機構(2023)「少子化政策に関する合意形成は可能か―参加型⺠主主義プラットフォームの構築」オピニオンペーパーNo.69
NIRA総合研究開発機構(2023)「第1回政治・経済・社会に関する意識調査(NIRA基本調査)(速報)」

脚注
1 同NIRA基本調査において、国や自治体の支出について、現在のサービス水準を維持したまま、無駄をなくすことでどれくらい支出を減らせるかの考えを聞いたところ、最も減らせると考えられているのは「行政の人件費」だった。他の項目も1~2割程度無駄があると考える割合が最も多かった。

執筆者

関島梢恵(せきじま こずえ)
NIRA総合研究開発機構研究コーディネーター・研究員

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