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ダウンサイジングの時代を熟議で歩む

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2023.05.31

 急速な人口減少により、日本は今、ダウンサイジングの中にある。人々が納得感を得られる合意形成を進めるには、「熟議民主主義」、すなわち話し合い中心の民主主義を根付かせる必要がある。そのためには、人々が気軽に熟議に参加できる環境をつくるとともに、人々が政策執行の責任の一端を担えるようにすることで、当事者意識を高めていくことが重要だ。

ダウンサイジング時代に求められる合意形成

 2100年、人口6,200万人という「人口半減社会」の到来が予測されている (注1)。急速な人口減少により、日本は今、ダウンサイジングの中にある。学校、図書館、保健所、公園、道路等の公共インフラや、まち自体をどう再編成するかといった身近な問題に、いや応なしに多くの人が関わることになる。縮減に向けた合意形成は、それによって不利益を被る人が出るため容易ではない。対立する多様な考えを集約し、痛みを分かち合える着地点をいかに見出すか。人々が納得感を得られる合意形成のあり方を考えなければならない。

熟議によって納得感を高める

 2023年2月、「なぜ、人々の声は政府に届かないのか」というテーマのもと、NIRAフォーラム2023が開催された。名古屋大学教授の田村氏は、「熟議民主主義」、すなわち話し合い中心の民主主義の重要性を説いた。民主主義にとって大事なのは、「私たち」で考えを決めていくことであり、そのためには「私」の声を「適切に(納得できる形で)手放す」ことが大切になると指摘した。熟議を通して多様な意見を聞くことで、自身の見識を深め、また改めることができる。結果として、納得のもとで自身の意見を手放しやすくなる。もちろん合意できずに終わることもあるが、熟議により対立意見の相互尊重が進めば、より慎重な対応につながったり、過度な対立や分断の緩和を期待できるという。

 熟議の進め方については、東京大学教授でNIRA総研理事の宇野氏が、KJ法を開発した川喜田二郎氏の教えとして「四則演算で考える民主主義」を紹介した。最初は「足し算」で、みんなの意見を自由に出してもらう。次は「掛け算」で、出てきた意見を掛け合わせて新しいアイデアを考える。次は「引き算」で、実行可能な選択肢に絞り込んでいく。最後に「割り算」で、どの選択肢にどれだけの人が支持をするかを確認する。最初から多数決をとるのではなく、「四則演算」のプロセスをきちんと積み上げることで、自分の意見は反映されたという実感が高まるのではないかと説いた。

当事者意識をいかに芽生えさせるか

 熟議を成立させるには、関係する人々の「当事者意識」が不可欠だ。他人事ではなく自分事と思うから、傍観者にならず、主体的に参加するようになる。ところが、社会問題に主体的に関わりたいと考えている人は、あまり多くはない。「第1回政治・経済・社会に関する意識調査(NIRA基本調査)速報」によると、「社会をよりよくするため、私は社会における問題に関与したい」、「将来の国や地域の担い手として積極的に政策決定に参加したい」と回答した人は2~3割であった(図1)。社会問題への関心や当事者意識を高めることは、市民側の大きな課題だ。

 熟議への参加のハードルを下げ、小さいことでいいので成功体験を積み重ねることが大事だ。公認会計士で公益社団法人日本プロサッカーリーグ元理事の米田惠美氏は、オピニオンペーパーNo.55で、強い問題意識を持つ特定の人々だけでなく、多くの人に「私も貢献できる」という感覚を持ってもらい、気軽に一歩を踏み出せるための環境や器が必要と指摘する。加古川市で導入されている、オンライン上で人々が意見を述べ、またフィードバックを受けられる、参加型民主主義プラットフォーム「Decidim」はその典型例といえよう(注2)。

 人々の当事者意識を高めるには、政策を執行する行政側にも変革が求められる。「日本と世界の課題2023」で一般社団法人オープンガバナンスネットワーク代表理事の奥村裕一氏は、市民参加の現状を「制度を作る段階での意見集約の精緻化や公平化を求めての市民参加が焦点で、制度が実行される段階に市民の関与を求め責任も担う試みがまだ少ない」と評価する。市民も政策執行の責任の一端を担えるようになれば、当事者意識はさらに高まるだろう。

 日本社会にダウンサイジングの大きな波が押し寄せるなか、縮減が求められる社会問題を、単に行政や政治家に一任するのではなく、また説明会やパブリックコメントで個々の意見をポツポツと述べるに終始することからも脱する。関係者が熟議を通じて納得感の高い合意形成ができるよう、議論の在り方を再構築するときにきている。

参考文献

宇野重規・内田友紀・藤沢烈・米田惠美(2020)「新たな当事者意識の時代へ ―当事者意識(オーナーシップ)とは何か―」オピニオンペーパーNo.55
宇野重規・小田理恵子・吉村有司・庄司昌彦・若林恵(2022)『デジタル化時代の地域力』NIRA総合研究開発機構
国立社会保障・人口問題研究所(2023)「日本の将来推計人口(令和5年推計)」
NIRA総合研究開発機構(2023)「NIRAフォーラム2023「なぜ、人々の声は政府に届かないのか―人々と政府の意識をつなぐ政策共創―」」
NIRA総合研究開発機構(2023)「第1回政治・経済・社会に関する意識調査(NIRA基本調査)(速報)」
NIRA総合研究開発機構(2023)『日本と世界の課題2023―歴史の転換点に立ち、未来を問う―』時事通信社、2023年6月編集・発行

脚注
1 国立社会保障・人口問題研究所(2023)「日本の将来推計人口(令和5年推計)」では、出生中位・死亡中位のもとでの推計値として、2100年の日本の総人口は6278万人と報告されている。(アクセス:2023年5月25日)
2 「Decidim」については下記を参照されたい。
宇野重規・小田理恵子・吉村有司・庄司昌彦・若林恵(2022)『デジタル化時代の地域力』NIRA総合研究開発機構

執筆者

井上敦(いのうえ あつし)
NIRA総合研究開発機構研究コーディネーター・研究員

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