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人口減少期の日本、「幸福」は何か、考えていきたい

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2023.03.29

 今後数十年続く「人口減少期」、社会の閉塞感が危惧されている。高度成長期の価値観にとらわれない、新しい幸福のあり方を描き出す必要がある。「世界幸福度調査」は、他国に比して、今の日本に足りない「幸福」は何かをあぶりだす。自らの意志で社会とつながり、利他の気持ちを具体的に示す習慣、そして、自分で人生を選ぶ自由だ。政府には、そのための基盤を整備する役割が求められている。

人口減少期という、長いトンネル

 少子高齢化の進行で、日本の総人口は2008年をピークに既に減少に転じている。今はまだ1億2000万人台に留まっているが、減少幅は年々拡大しており、人口減少の軋みは今後、本格的に実感されるようになるだろう。

 内閣官房参与として、人口問題と社会保障の問題に精力的に取り組む山崎史郎氏は、人口減少がいかに社会に閉塞感をもたらすかを語っている(「わたしの構想」No.60)。その負の重みは、社会、経済、政治のいずれをも不安定にさせかねない。今後数十年続く「人口減少期」という未曽有の長いトンネルの間、社会を健全に保つ覚悟が求められている。

日本社会に求められる「幸福」とは

 さまざまな論点がある中で、ここでは、「幸福」に着目したい。健全な社会を保つために、幸福という点からアプローチを考えることは有効に思われるからだ。例えば、国連が設立した非営利団体SDSNが出している「世界幸福度報告書」は、いくつかの示唆を与える。

 この報告書では、各国の幸福度を、アンケートの回答者が自分の生活(life)を10段階の梯子にたとえた評価の全国平均値という、主観的な数値で示す。2022年のランキングをみると、日本は世界146か国中54位である。この主観的な幸福度の説明要因として、さらに6つの指標が設けられており、それら6つの指標をみていくと、日本の順位・数値が特に低いのは「寛大さ(Generosity)」である(図表1、2、3)(注1)。

 すなわち、この報告書の仮説に基づけば、先進国である日本が54位という“そこそこの幸福度”に甘んじている理由の1つは、「寛大さ(Generosity)」が低いことである。

 寛大さは、「過去1カ月間に慈善団体に寄付したか」に対する回答の全国平均値を調整した数値によって評価している。いわば、毎月寄付習慣のある国民の割合の順であり、日本の数値の低さは、他国に比べほとんどその習慣がないことを示す。文化や宗教、税制などが異なる中、寄付習慣のみをもって、国民性が寛大かどうかを論じるのは難があるとはいえ、他に何か同様の習慣があるかを考えても、すぐには思い付かない。寛大さの順位の低さは、日本社会には、寄付のように「寛大さ(Generosity)」を具体的な行為で示す習慣や、そのための共通の手段や基盤が弱い可能性を示唆している。

「幸福」の習慣について考える

 考えるべきは、この項目が「主観的幸福度」の説明要因とされていることの意味である。寄付行為の習慣を、その人自身に主観的な幸福をもたらすものと見なす。その根底にあるのは、寄付を共同体への務めと考える以前に、まず個人の幸福の源泉として利他の行為があり、その総体として社会が幸福になるという発想なのだろう。

 私たちは、他者への寛大さを自らの幸福の源泉と考え、そのための行為を習慣としているだろうか。金銭的な寄付に限らず、ボランティア活動などを含めた多様な形でよい。「寛大さ」を発露させる具体的な行為の習慣を、「幸福」の視点で考えることが、日本社会の今後を考えるヒントになる。例えば、瀬口清之氏が、サッカーの日本人サポーターによる試合後のゴミ拾いの習慣を自発的な利他の例に挙げているように(注2)、災害後のボランティア活動の広がり、クラウドファンディングの盛り上がりといった、日本にすでに根付いている動きを大切に育てながら、幸福な習慣とは何か考えたい。寛大さの習慣は、健全な相互扶助を育み、多様性の包摂、寛容、共生の質を高め、ときに過剰なほどの自己責任論の孤独から日本人を解放していくだろう。

 最後に、幸福度の6つの説明要因のうち、日本の順位が低かったもう1つの指標は「人生の選択の自由」であった。現在政府も盛んに推奨している学び直し(リスキリング)は、スムーズな労働移動や企業の生産性向上に資するだけでなく、1人ひとりの人生の選択の幅を広げる有効な手段となる。すなわち、個々人の主観的な幸福度を上げるという観点からも、重要で意義のある施策といえる。

 昨年の日本の出生数は、初めて80万人を下回った。高度成長期の価値観にとらわれない、新しい幸福のあり方を描き出すときだ。自分で人生を選び、切り開くこと、自らの意志で社会とつながり、利他の気持ちを具体的に示すこと。それが1人ひとりの人生を豊かにし、幸福な社会の礎を作る。政府には、そのための基盤を整備する役割が求められている。

参考文献

​NIRA総合研究開発機構(2022)「コロナ禍で懸念される少子化の加速」わたしの構想No.60
NIRA総合研究開発機構(2022)「各人の課題の違いに着目した「人への投資」を」わたしの構想No.63
Helliwell, J. F., Layard, R., Sachs, J. D., De Neve, J.-E., Aknin, L. B., & Wang, S. (Eds.). (2022). World Happiness Report 2022. New York: Sustainable Development Solutions Network.

脚注
1 日本の幸福度の数値は、長年ほぼ5.8~6.2で推移しており、2022年は6.039だった。数値があまり変動していないのは、これまでの日本社会の安定を示してきたと見なせるだろう。今後、この数値がどう推移するのかを、注視したい。
2 瀬口清之(2023)「日本人サポーターのごみ拾いと世界秩序形成」『日本と世界の課題2023』

執筆者

榊麻衣子(さかき まいこ)
NIRA総合研究開発機構研究コーディネーター・研究員

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