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社会全体で食料安全保障の確保に取り組め

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2022.11.21

 国内農業の生産基盤が脆弱化し、食料供給力が低下している状況でありながら、日本では年間522万トンの食品が廃棄されている。こうした現状で、有事の際に、国民に対して安定的に食料を供給できるのか。政府は、カロリーベースの食料自給率を令和12年度までに45%に高める目標を掲げており、国内における食料供給力の向上と食品ロスの削減に向けて、社会全体で取り組むことが求められる。

 コロナ禍やウクライナ侵攻をきっかけに、日本の食料安全保障に対する懸念が高まっている。世界の物流やサプライチェーンが混乱に陥った時、食料の輸入依存率が高い日本では、国民に対して食料を安定的に供給できるのだろうか。また、そのための課題は何か。

国内における食料供給力の低下、廃棄される食品

 平澤明彦氏(農林中金総合研究所 執行役員基礎研究部長 理事研究員)は、わたしの構想No.61「日本の食料安全保障、国内と世界の2軸で挑む」で、「日本の農業は、有事で輸入が止まったら、国民が最低限食べるだけの食料を供給する生産力すら不足しかけているのが現状だ」と指摘する。農林水産省の調べでは、全国の耕地面積は年々減少しており、令和4年では、最大であった昭和36年に比べて約176万ha(28%)減少した(注1)。さらに、農業従事者数は令和2年までの30年間に約156万人(53%)減少し、農業従事者の平均年齢は67.8歳と高齢化が進んでいる(注2)。新規就農者や品種改良・栽培管理技術の向上による生産能力の増加等、将来的に改善の余地はあるものの、当面は生産基盤の脆弱化が危惧される。

 国内における食料供給力の低下に伴い、日本のカロリーベースの食料自給率は、近年横ばいで推移しているものの、長期的にみれば低下傾向にある。令和3年の食料自給率は38%で、先進国の中でも最低水準だ。主食である米については98%自給できているとはいえ、食生活の変化により米の消費量自体が低下している。一方、消費量が上昇した畜産物のうち、国産飼料を用いて生産された畜産物の自給率はわずか16%だ(注3)。

 このように食料の約60%を輸入している状況でありながら、日本では、年間522万トンの食品が、食べられるにもかかわらず廃棄されている(図表1)。その内訳は、事業活動を伴って発生する食品ロスが約275万トン、各家庭から発生する食品ロスが約247万トンであり、社会全体の課題といえる。食品ロスは、廃棄物の処理費用という経済的損失をもたらしているだけでなく、水分の多い食品ごみを焼却することで温室効果ガスを発生させており、環境にも影響を与えている。

食料自給率を高める

 こうした中、令和23月、政府は「食料・農業・農村基本計画」を閣議決定し、国民生活に不可欠な食料を安定的に供給し、食料自給率の向上と食料安全保障の確立を図るための方針を示した。カロリーベースの食料自給率を令和12年度までに45%に高める目標が設定され、その取り組みの一環として、国産農産物の消費拡大や国内農業の生産基盤の強化などが掲げられた。すなわち、農地や農業従事者をしっかりと確保しつつ、そこで生産された農産物を積極的に消費してもらうよう国民に促す。そのためには、わたしの構想No.61で、久納寛子氏(農林水産省大臣官房政策課 食料安全保障室長(当時))が述べるように、日本に今ある田畑は大切な食料のインフラであり、食と環境を支える農業・農村の大切さを消費者に理解してもらうことが重要となるだろう。

社会全体で食品ロス削減に取り組む

 だが、こうした施策により食料自給率が向上しても、その傍ら食料が廃棄されれば、食料が国民全員に十分に行き渡らなくなる事態も起こり得、食料供給に関わるリスクは低減しない。食料自給を確保することを否定はしないが、同時に食料が適切に消費される社会を作り、食品ロス削減に取り組むべきだ。また、食品ロス削減は、経済・環境の面からも一挙両得の政策と言えるだろう。

 事業系の食品ロスの削減に向けては、常温流通の加工食品について「納品期限の緩和」、「賞味期限の年月表示化」、「賞味期限の延長」を焦点とした議論が、政府を中心に行われている。また、食料の需要と供給のミスマッチを調整するためには、廃棄予定の商品を消費者のニーズとマッチングさせることで食品ロスの発生を減らすフードシェアリングサービスや、子ども食堂や生活困窮者等へ食品を提供するフードバンクが有効だろう。

 これらの政府の取り組みに加えて、家庭系の食品ロスの削減については、個人個人が、必要以上に購入しない、自宅にある食材を有効に活用する、外食時の食べ残しを減らすことなどを普段から心がけることが重要だ。あるいは、食品ロス削減に取り組む事業者やそのサービス・商品を積極的に活用することでも、間接的に寄与できるだろう。

 すべての国民に食料の安定的な供給を確保することが国の責務であっても、その実現にあたっては、国任せにするのではなく、社会全体で取り組むことが求められる。

執筆者

羽木千晴(はぎ ちはる)
NIRA総合研究開発機構在外嘱託研究員

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