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エビデンスの質を高めて、EBPMに実効性を持たせる

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2022.09.29

 2017年、EBPM(Evidence-based Policy making:証拠に基づく政策立案)の推進が閣議決定され、その取り組みが進んでいる。政策形成の現場でEBPMに実効性を持たせるには、因果関係を検証したエビデンスの蓄積が求められる。EBPMに沿った思考方法を根付かせ、官民学の様々な主体によるエビデンスの創出が急務だ。

 2017年、EBPM(Evidence-based Policy making:証拠に基づく政策立案)の推進が閣議決定され、その取り組みが進んでいる。EBPMについて、内閣府のホームページには、「政策の企画をその場限りのエピソードに頼るのではなく、政策目的を明確化したうえで合理的根拠(エビデンス)に基づくもの」、「政策効果の測定に重要な関連を持つ情報や統計等のデータを活用したEBPMの推進は、政策の有効性を高め、国民の行政への信頼確保に資する」とある。少子高齢化が進み財政運営の厳しさが増すなか、データを活用して合理的な資源配分を志向するEBPMの理念は重要だ。しかし、ここでの「エビデンス」が何を指すのかは必ずしも明らかではない。政策形成の現場でEBPMに実効性を持たせるには、どのような「エビデンス」が求められるのだろうか。

求められる因果関係の根拠としてのエビデンス

 ある政策が有効といえるためには、その政策を原因として、成果が向上することを結果とする「因果関係」がなければならない。わたしの構想No.45「科学的分析は政策の質を高めるか」で、小林庸平氏(三菱UFJリサーチ&コンサルティング主任研究員兼行動科学チーム(MERIT)リーダー)は「施策によってアウトカムが改善するのかを示す因果関係の根拠が「エビデンス」であり、エビデンスを参照しながらより良い施策を選ぶのがEBPMである。」と説明する。さらに、中室牧子氏(慶應義塾大学総合政策学部教授)は米国の不良少年の更生プログラム(“Scared Straight”)の例を挙げて、「相関関係しか確認されないことに、過度な信頼を置いて社会全体で実施すると、期待した効果が得られないどころか逆効果になってしまうこともある」と、相関関係だけを根拠にした政策の危険性を指摘する。「エビデンス」は単なる数値や相関関係を示したものではなく、因果関係を検証したものでなければならないのだ。

ランダム化比較試験の強みと限界

 因果関係を検証する最も強力な手法は「ランダム化比較試験(RCTs)」と呼ばれるものだ。RCTsでは政策を受けるグループ(処置群)と受けないグループ(対照群)を、政策実施前にくじ引きなどでランダムに分けておき、事後的にグループの成果の比較を行う。2つのグループの事前の均質性を保つことで、グループ間の比較を公平なものにでき、因果関係に迫ることが可能となる(図1)。

 しかしRCTsは万能薬ではない。マーティン・ハマーズリー氏(英オープン大学名誉教授)は「RCTsからは、コンテクストが異なると政策の効果がどう変わるのかの情報はほとんどない」と指摘し、これは決定的な問題と警鐘を鳴らす。例えば日本では2019年より幼児教育・保育の無償化が実施されたが、その際頻繁に引用されたエビデンスの1つが、質の高い幼児教育プログラムにより教育や労働の成果が高まることを発見したヘックマン氏らの研究成果である(例えば、Hechman et al. 2010)。これは1960年代の米国で経済的に恵まれない34歳のアフリカ系アメリカ人を対象としたRCTから得られた実験「ペリー就学前プロジェクト」の結果であり、現在の日本で当てはまるのか甚だ疑問だ(注1 。他国のエビデンスを根拠に政策を全面実施するのではなく、自国で予備的調査としてRCTsを行い、その結果を参照して政策決定するのがEBPMが目指すべき道だ。

「観察データ」からエビデンスを創出する

 最も、RCTsは実験費用や倫理上の問題などから実施困難な場合が多く、RCTsだけでは十分なエビデンスを集めることは困難だ。自国のエビデンスを蓄積するには、すでに収集されている「観察データ」から実験的な状況をうまく見つけて、因果関係を検証するアプローチも大切だ。そのためにはデータの収集段階から工夫がいる。川口大司氏(東京大学大学院公共政策学連携研究部教授)は同わたしの構想のメディアセミナーで、行政が保有するデータを用いて就労支援の政策効果を検証しようとした際、就労支援を受けた人のデータはあるが、受けていない人のデータがないという問題に直面したと述べている。因果関係を検証するには、就労支援を受けた人が、仮に受けていなかったらどうなっていたかという反実仮想と比較する必要があり、そのためには少なくとも就労支援を受けていない人のデータがいる。川口氏は、EBPMに沿った思考方法を根付かせ、データ収集のあり方から見直す必要があると指摘している。

官民学の様々な主体によるエビデンスの創出がEBPMの実効性の強化につながる

 エビデンスを創出するのは研究機関だけではない。渡辺努氏(東京大学大学院経済学研究科教授)は、「民間はデータの保有だけでなく、それを分析する人材の面でも政府に勝っている。これを利用しない手はない」と指摘する。同じテーマ、分析方法であってもデータが変われば結果はかわる。民間が保有しているデータを分析してエビデンスの蓄積が各所で進めば、分析結果の頑健性や不確実性への理解が深まり、エビデンスの質が高まる。新規性が弱く学術研究として成立しないテーマであっても、EPBMのエビデンスとして必要な分析は山積しており、十分なエビデンスを集めるために民間の力は不可欠だ。

 データベースの構築や因果関係の検証など地道な作業が続くが、官民学の様々な主体が着実に進めることでエビデンスの質が改善し、EBPMの実効性が高まるのは間違いない。

参考文献

赤林英夫(2017)「幼児教育の無償化はマジックか?――日本の現状から出発した緻密な議論を」(参照2022-09-28)
内閣府(2022)「内閣府におけるEBPMへの取組」(最終更新日:令和4年6月), (参照2022-09-28)
NIRA総合研究開発機構(2019)「科学的分析は政策の質を高めるか」わたしの構想No.45
Heckman, J., Moon, S. H., Pinto, R., Savelyev, P., & Yavitz, A.(2010). Analyzing social experiments as implemented: A reexamination of the evidence from the HighScope Perry Preschool Program. Quantitative economics, 1(1), 1-46.

脚注
1 幼児教育・保育無償化政策のエビデンスとして、ペリー就学前プロジェクトの結果を根拠とすべきでないことは、赤林(2017)で説得的な議論が展開されている。

執筆者

井上敦(いのうえ あつし)
NIRA
総合研究開発機構研究コーディネーター・研究員

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