NIRAナビ|「研究を読み解く」の個別紹介ページです。

RESEARCH OVERVIEW

研究 研究を読み解く

日本経済と持続可能な成長

政策提言ハイライト

即時的な出生数の増加よりも、人々の能力を生かせる社会を目指せ

文字サイズ

2022.08.31

 これからの日本の少子化対策は、出生数の増加を即時的に求めるのではなく、人々の能力を活かせる社会を目指し、検討されるべきである。そのためには、人々が自ら望む選択ができる環境があることが重要だ。しかし、現状は、女性が活躍する上で、仕事と家庭の両立に大きな課題を抱えるなど、すべての人に多様な選択肢が提供されているとは言い難い状況だ。自己実現の観点からも、多様な選択肢が用意されるべきであり、そうした環境の中で、結婚や出産が検討されるのが望ましい。

人々の能力を生かすために多様な選択肢を

 2021年の出生数は、過去最少の81万1604人、合計特殊出生率は6年連続で低下し、1.30であった(注1)。日本の出生率は50年近く、人口規模を維持するために必要な人口置換水準(現在2.07)を下回り続けている(注2)。これまで数々の策が講じられてきたが、少子化が止まらない。日本はどうすれば良いのか。

 今の日本の少子化対策に必要なのは、出生数の増加を即時的に求めることではなく、未来を見据え、人へ投資をすることだと、白波瀬佐和子氏(東京大学大学院人文社会系研究科教授)がわたしの構想No.60の中で述べている。人々、特に、数としては減少している若い人たちが、それぞれの強みやアイディアを生かせる社会にすることが重要であり、そのためには、社会が多様な選択肢を用意し、ジェンダー、年齢、国籍、障害の有無にかかわらず、人々が自ら望む選択ができる環境整備を行う必要があると同氏は主張している。

二者択一を迫られる女性

 今の日本は残念ながら、人々に多様な選択肢が用意され、個々の強みやアイディアを生かせる社会になっているとは言い難い。特に、女性が活躍する上で、女性の仕事と家庭の両立に大きな課題がある。

 現状、女性に家事・育児の負担が大きく偏っている。OECDの国際比較調査によると、日本では家事や育児を含む女性の「無償労働時間」が男性の5.5倍となっており、世界でも突出している(図表1)。

 育休取得率も、男女差が顕著だ。2021年時点で女性は85.1%、男性はここ数年で伸びているものの、13.97%と、まだ改善の余地がある(注3)。働きながら子育てをする女性に話を聞くと、家事・育児の負担が大きく、積極的にキャリア形成をする気持ちになれないと言う人もいる。第一子の出産を機に退職する女性も少なくない(注4)。

 8カ国を対象に行われた「女性意識調査」の中で「自国の少子化現象は何が原因だと考えるか」という質問に対し、他の国では「出産・育児の経済的負担が大きすぎる」が一番にくることが多かったが、日本では、経済的負担(62.8%)を抑え「仕事と子育てを両立できる環境の未整備」(69.4%)が最多であった(注5)。女性に家事育児の責任が一義的にあるという根強い固定観念が、男性の育休の取得率の低さなど、女性が活躍しづらい環境につながっていることが指摘されるが、アンケート調査の「環境の未整備」には、そうした文化的背景も表れているのではないだろうか。

 今の日本では、満足のいくキャリアを形成して活躍することを選ぶか、子供を産み育てるかの二者択一を女性が迫られている状況であり、どちらかしか選べない状況が、出生数の減少と、女性の潜在能力を生かせない状況を同時に作り出していると言える。女性の家庭と仕事の両立の課題においては、男性の育休制度取得のさらなる改善や、特に首都圏での待機児童問題の解消を通じ、早急に子育て環境のアップグレードが進められるべきだ。

自己実現をかなえる視点からも少子化対策を実施せよ

 さらに、子育て環境のアップグレードを含めた対策は、白波瀬氏が指摘する通り、短期的に産み増やすところまでをゴールとするのではなく、親も、生まれて来た子供たちも、それぞれが充実した人生を送り、その人らしく能力を発揮できる環境を作る視点で実施するべきだ。学び直しの機会を設け、複線型のキャリア形成を可能にすることなども同時に進め、柔軟な人生設計を可能にすることが重要だ。こうした環境づくりは、女性に限らず、すべての人を資するものであるはずだ。

 経済成長とともに社会が発展し、人々が個の幸せや自己実現を追求する流れは不可逆だ。社会で能力を発揮することだけでなく、子供を持つことも、自己実現を果たし、幸せな人生を送る重要な手段である。子供かキャリアかの二択を女性に迫るような状況は、やはり打開するべきだ。今後の少子化対策では、誰もが望む選択を行い、納得して人生を全うできるような魅力的な社会が目指されるべきであり、その中で、家族を持つ選択肢があることが望ましい。

執筆者

北島あゆみ(きたじま あゆみ)
NIRA
総合研究開発機構研究コーディネーター・研究員

  • twitter
  • facebook