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歴史の転換点にある今こそ、複眼的な教育を

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2022.07.19

 気候変動やパンデミックなど、地球規模の課題が山積している中、「国際理解」の授業を実施する小学校の数が、近年、顕著に減っており、懸念される。地球規模の課題では、自国目線の利益と地球規模目線の利益が必ずしも一致しないことが多い。歴史の転換点を迎えている今こそ、国際理解教育は、ますます重要になると考える。内向きの近視眼的な思考に陥ることなく、複眼的な思考を重ねる教育が必要だ。

「国際理解」授業実施校の減少を懸念する

 気候変動やパンデミックなど、地球的視野に立って考え、行動すべき課題が山積し、地球市民としてのアイデンティティー形成が求められている。わが国の学校教育で、地球市民教育が行われるのは、主に、「総合的な学習の時間」の「国際理解」の授業である。

 その「国際理解」を実施する小学校の数が、近年、顕著に減っている(図表1)。H19年には8割以上の小学校が実施していたが、H30年には半数近くにまで減ってしまった。中学校、高校は元々小学校より少なく、実施校は3~4割程度にすぎない。

 国際理解教育を専門とする曽我幸代・永田佳之(2021)は、日本の教育現場の問題意識が、国際的な教育の優先課題と乖離してきていることを指摘し、国際理解教育への関心そのものが後退していると危惧する(注1)。例えば、国際会議などで取り上げられるテーマに比べ、日本の教育界でほとんど議論・取り組みがなされていないテーマに、中東のISや移民・難民へのヘイトクライムなど暴力過激主義の予防、気候変動がもたらす自然災害や飢餓などの問題、ジェンダー、「ポスト・トゥルースと教育」、「AIと教育」などを挙げる。

 「国際理解」の授業の減少が、国際社会の問題意識との乖離によるならば、教育現場の問題認識は見直されるべきではないか。

地球規模の課題に伴うジレンマ

 世界を見渡せば、国際理解教育がますます重要になっているのは明らかだ。気候変動問題でも、新型コロナウイルスのワクチン確保でも、各国ともまず自国・自国民の利益を優先しがちだ。地球規模の課題の多くで各国の利害が交錯し、「ナショナル」「グローバル」のジレンマが伴う。課題解決には、各国の市民1人ひとりが自国目線だけでなく、国際社会目線、地球規模目線で、複眼的な思考を重ねていくことが欠かせない。学校の国際理解教育は、その重要な土台となる。

 ナショナル・グローバルのジレンマだけではない。「わたしの構想No.58」で識者が指摘していたのが、「時間軸における利益の乖離」である。地球の将来のためには、温室効果ガスの抑制、すなわち現在の経済活動のコントロールという、いま生きている現在世代の<負担>が必要となる。私たちは、現在世代として今を生きると同時に、いずれ生まれてくる将来世代をも含む「人類」としてのアイデンティティーを育み、負担を進んで引き受けていく必要がある。その意識醸成はまだ始まったばかりだ。

歴史の転換点にある今こそ、複眼的な教育を

 今年1月、川島真東京大学教授は、「COVID-19の下で、日本も含め世界的にそれぞれの視野が狭窄化している」と、グローバルガバナンスに強く警鐘を鳴らしていた。人的交流が抑制され、インターネット空間では民族主義的な言説が強まっている、と。そうした空気の中、ロシアのウクライナ侵攻が起きた。国際協調の機運は、今後急速に削がれていくことが憂慮される。

 安全保障環境が激変し、ナショナルとグローバルのジレンマがより大きくなっていく可能性も高い。歴史の転換点を迎えている今こそ、複眼的な学校教育を見失わないようにしたい。内向きの近視眼的な思考に陥ることなく、日本国民であると同時に地球市民としての思考を育み続ける、その思考の力が、地球の中で生きる日本の未来を左右すると考える。

参考文献

大山正博(2021)「国際理解教育は理解ありきでよいか―文化理解から問題解決へ―」『国際理解教育を問い直す』明石書店
川島真(2022)「狭窄化した認識空間を再び解放できるか」『日本と世界の課題2022 ウィズ・ポストCOVID-19の地平を拓く』
曽我幸代・永田佳之(2021)「ユネスコの提起する現代的課題に国際理解教育はどう応えるか」『国際理解教育を問い直す』明石書店
NIRA総合研究開発機構(2022)「「長期思考」は未来を変える」わたしの構想No.58

脚注
1 「総合的な学習の時間」は、2002年実施当初に設けられた「国際理解」「情報」「環境」「福祉」が減少し、代わって、「進路」指導に象徴される実務的な内容に変質したと指摘している。

執筆者

榊麻衣子(さかき まいこ)
NIRA総合研究開発機構研究コーディネーター・研究員

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