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日本経済と持続可能な成長

政策提言ハイライト

労働力不足の時代に「人への投資」で持続的成長を目指す

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2022.06.29

 岸田政権の看板政策「新しい資本主義」では、「人への投資」を重点の1つとして掲げている。日本的雇用慣行が崩れていく中、就職後の能力開発を企業任せにするのには限界があり、労働政策としてしっかりと予算をかけて取り組むべき課題である。福祉国家として名高い北欧諸国や、日本と同じく高齢化が深刻なシンガポールでの先行事例を参考にし、新しい労働市場のあり方について、さまざまな立場の人を巻き込んだ大局的な議論が望まれる。

企業任せの職業訓練では限界に

 岸田政権が看板政策として掲げる「新しい資本主義」。その実行計画では、「人への投資」を重点の1つとしている。人口減少が進み、労働力不足の時代に入る中、人への投資を増やして生産性を高めることが重要だ。

 日本は、労働市場政策への公的支出のGDP比が、OECD諸国の中で非常に低い水準となっている(図1)。日本社会は今まで長期雇用が前提で、能力開発を企業内教育や企業内訓練に頼ってきており、職業訓練やリカレント教育に対し、公的な支援の必要性があまり求められてこなかった。

 しかし、1つの企業でずっと働き続けるのが当たり前ではない社会になっている中、就職後の能力開発を企業任せにするのには限界がある。労働政策としてしっかりと予算をかけて取り組むべき課題である。「新しい資本主義」の実行計画の中でも語られているように、職業訓練やリカレント教育の重要性は政府も認識している。しかし、実際にどのように仕組みを作っていくのか、まだ手探りの状態である。

先行事例に学ぶ職業訓練の仕組みづくり

 職業訓練やリカレント教育を実効性ある仕組みにするためにはどうしたらよいだろうか。わたしの構想No.52「職業訓練・リカレント教育を「生涯学習」に位置づけよ」では、北欧やシンガポールでの先行事例を紹介している。

 前掲した労働市場政策への公的支出額(GDP比)が、長年高い水準を維持しているデンマークでは、柔軟性の高い労働市場の整備(flexibility)と、社会保障による労働者保護(security)をセットにした「フレクシキュリティー」という政策をとっている。同国の社会政策を研究する菅沼隆氏(立教大学教授)は、労使共同でプログラムの作成、運営を行う点にデンマークの特徴を見出す。

 同じ北欧のスウェーデンでは、TRRという民間組織が再就職を支援している。そこでも労使が協働することで、内容面でも資金面でも、充実した再就職支援を実現できていると、ウルリカ・ヴィークルンド氏(TRRビジネス・サービス部長)は述べている。

 また、福祉国家として名高い北欧だけでなく、日本と同じく高齢化が深刻なシンガポールでも、国民が長く就業できるよう、生涯学習や技能開発の重要性が認識されている。シンガポールでは、国を挙げてSkillsFutureという運動に取り組み、「生涯学習モデル」を実現してきた。マイケル・ファン氏(スキルズフューチャー・シンガポール副最高経営責任者)がその成功要因の1つとして挙げるのが、やはり政労使を含む複数の利害関係者による強力なパートナーシップである。

 これらの事例を、人口規模や雇用制度の異なる日本にそのまま当てはめることは、もちろん不可能であるが、そのエッセンスを取り入れて、日本社会の実情に合った仕組みづくりに生かすことはできるはずだ。日本的雇用慣行が崩れていく中、新しい労働市場のあり方について、さまざまな立場の人を巻き込んだ大局的な議論が望まれる。デジタル化社会の中で、新しいスキルや知識を身に付け、労働生産性を上げることが、人口減少社会に転じた日本経済の持続的成長につながるはずだ。

執筆者

川本茉莉(かわもと まり)
NIRA総合研究開発機構主任研究員

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