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2022.04.27
社会調査は、人々の意識を数字として可視化するのみならず、政策決定にも大きな影響を与える。しかし、社会調査では、設問の継続性(複数回にわたり、同じ設問をし続けること)が失われるケースもある。この問題には、社会調査データのアーカイブ化とデータ利用のオープン化を進め、人々がさまざまなデータに当たることができる、アクセス可能性を高めることが必要である。
社会調査は、人々の意識を数字として可視化するのみならず、政策決定にも重要な影響を与える。その手法は人々の生活様式、社会情勢の変化に合わせて、面接調査や郵送式調査から、インターネット調査へと多様化してきた。
NIRA総研研究報告書「インターネット調査におけるバイアス―国勢調査・面接調査を利用した比較検討―」では、インターネット上で回答者を募り、回答させる社会調査が増える中、調査手法の違いがもたらす影響について比較検討した。その結果、インターネットを用いた調査法でも、従来多く行われてきた無作為抽出法に基づく面接調査法でも、何らかの代表性――知りたい人々の集団をどれほど正確に反映しているか――の問題が存在することが示された。
しかし、ここで示された代表性の問題は、社会調査の問題の一部にすぎない。社会調査には、ほかにもさまざまな問題が存在する。
社会調査における設問の継続性の問題
その1つが、社会調査における設問の継続性の問題だ。この問題は、内閣府が2022年3月に公表した「家族の法制に関する世論調査」(2021年12月実施)の結果にも表れている。この調査の中で、選択的夫婦別姓制度について、「選択的夫婦別姓制度を導入した方がよい」という回答の割合は28.9%であった。前回調査である2017年の同調査の結果は、「夫婦が婚姻前の名字(姓)を名乗ることを希望している場合には、夫婦がそれぞれ婚姻前の名字(姓)を名乗ることができるように法律を改めてもかまわない」という回答の割合が42.5%であった。
この2つの調査結果を見ると、選択的夫婦別姓制度に賛成する人の割合は、減っていると解釈してしまいそうになる。しかし、「家族の法制に関する世論調査」の設問は2017年調査と2021年調査で文言が大きく変更された。2017年調査までは、図表1上部のような形式であったのが、2021年調査では図表1の下部のような形式に変更されたのである。
つまり、設問の文言が大きく変更されたことにより、単純な時系列比較が不可能となったことを意味する。「国民の意識を把握し、今後の施策の参考とする」公的機関の行う調査で継続的な推移が追えないことは、大きな損失である。
社会調査データアーカイブ・利用のオープン化の重要性
とはいえ、社会調査において設問の文言を、過去のものから一切変更しないことが望ましいわけではない。人々の生活や価値観、社会情勢の変化、あるいは回答者の回答負担に対応することが望ましいことはもちろんある。例えば、近年においては、回答者の性別(ジェンダー)について問う設問で、これまで男・女の2区分から、男・女・その他と選択肢を増やすといった変更が見られる。
では、設問設計について、継続性の重視とさまざまな状況変化のトレードオフに悩まされる社会調査にとって重要なことは何であろうか。それは、社会調査データのアーカイブ化の推進と、その利用のオープン化にある。具体的に説明すると、社会調査データを、収集・保管し、二次利用のためにより広い範囲の人々に提供することだ。
なぜなら、社会調査データのアーカイブ推進とその利用のオープン化は、先の例のように調査設問の継続性が失われた際にも有用であるからだ。選択的夫婦別姓制度の賛否を問う社会調査は、内閣府の「家族の法制に関する世論調査」のみではない。つまり、内閣府「家族の法制に関する世論調査」が設問を変更したとしても、別の調査では設問が変更されず、継続して問われていることもある。別の調査データがアーカイブ化され、利用がオープン化されていれば、個人利用者や他機関が、設問が変更された調査とされていない調査を比較検討することが可能だ。データのアーカイブ化は、このようにひとつのデータのみに拠らない判断を促進することが期待される。
現在、日本国内では、東京大学社会科学研究所付属社会調査・データアーカイブ研究センター(SSJDA)が、さまざまな機関・調査者が実施した社会調査データのアーカイブ機関として著名である。ほかにも、大阪商業大学JGSS研究センターや、立教大学社会情報教育研究センター等の機関も、社会調査のデータをアーカイブし、利用提供している。しかし、日本においては調査実施者が個別に実施した調査のデータアーカイブを作成していることも多いうえ、データが公表されていないケースもあり、専門外のユーザーが情報を収集するコストが高い。また、個人情報保護の観点等から特に公的統計データは容易に個票データを利用できない。利用も学術目的のみに許可されていることが多い。人々が多くのデータに基づく判断ができるようにするには、社会調査のデータアーカイブを集約し、データに含まれる個人情報等の問題を考慮しつつも、最大限可能な範囲で個票レベルのデータを、学術目的以外にも利用を希望するような、より広い範囲の人々にオープン化することが必要だ。
また、調査実施機関の異なる多種のデータを用いて、ある政治的争点への潜在的な賛成・反対率を推定する研究も進んでいる(例えば、三輪・境家 2020)。これも、社会調査のデータがアーカイブ化され、利用がオープン化されていることで可能なものである。そして、わたしの構想No.48「海外での日本研究の停滞」において、フランツ・ヴァルデンベルガー・ドイツ日本研究所所長は、日本のデータを英語に翻訳することで研究が拡大することが期待できると指摘した。データアーカイブ化において多言語に対応することで、より利用者のアクセス可能性は高まるだろう。
社会調査は人々の「目に見えない」意識を測るものとして重要なものである。そこにはさまざまな「測り方」の問題が存在するが、それぞれの調査データを蓄積し、多くの人が利用できるようにすることで、それらは公共財となり、人々の意思決定や政策決定に大きな影響を与えていく。公的な援助も含めた社会調査データのアーカイブ化と利用のオープン化のさらなる進展を期待したい。
参考文献
谷口将紀・大森翔子(2022)「インターネット調査におけるバイアス―国勢調査・面接調査を利用した比較検討―」NIRA総合研究開発機構
三輪洋文・境家史郎(2020)「戦後日本人の憲法意識―世論調査集積法による分析」『年報政治学』、71巻1号、34-57.
NIRA総合研究開発機構(2020)「海外での日本研究の停滞」わたしの構想No.48
執筆者
大森翔子(おおもり しょうこ)
NIRA総合研究開発機構研究コーディネーター・研究員