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世界秩序の不安定化に中長期戦略で挑む

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2022.03.25

 ロシアによるウクライナ侵攻は、アジアにおける台湾問題と見る向きもある。しかし、中国は経済大国であり、今回のような経済制裁を課すことは不可能だ。中長期的な政策が必要となる。まず、日本は欧州との連携を深めるべきであり、また、経済援助は、対象国の目線に立った魅力的なものとすべきである。さらに、日本はアジアにおいてパートナーとしての役割を果たさなければならない。

 ロシアのウクライナ侵攻は、平和を前提とした、戦後のルールベースの世界秩序が、いとも簡単に破壊されることを明らかにした。しかも、強大な権力を持った、たった一人の統治者によってである。世界規模の危機に直結させないために、西側諸国は、武力行使を避け、経済制裁を課すことで早期休戦に持ち込もうとした。しかし、経済制裁の効果は、過去の事例からは確認されていない。従来から、このような危機に際しては、キューバやイラン、ベネズエラ、東欧などに対して経済制裁が課されてきたが、研究者の間で、経済制裁に多少の効果はあるものの、対象国の体制や方針の変更を促したというエビデンスまでは、共有されていないようだ(注1)。経済制裁の効き目が不確実であるにもかかわらず、制裁を課すケースが、図表1のように増加しているのは、国家が制裁の対象国に対して意思表明を行う上で、武力行使に代わる、国民の納得が得られやすい手段であるためと思われる。

 おそらく、これから先も、経済制裁が非軍事的な手段として利用されることになろう。しかし、その実効性は今以上に不確かなものになるに違いない。経済のグローバル化が進展しているため、一国、あるいは複数国からの制裁を受けても、それを回避する手段は増えるためだ。ロシアのウクライナに対する武力行使は、アジアにおける台湾問題に類似していると見る向きもあるが、仮に中国が経済制裁の対象となったとしても、中国は自由貿易圏を構築している経済大国であるため、制裁を課すことは不可能だ。かつての対象国とは規模が違いすぎる。中国は、RCEP(地域的な包括的経済連携)を含め、すでに17の自由貿易協定に加盟しており、また、TPP(環太平洋パートナーシップ)への申請も行っている。加えて、一帯一路国との連携強化、AIIB(アジアインフラ投資銀行)の創設、また、独自通貨である元の国際化など、独自の経済システム作りを着々と進め、経済的な連帯を強めている。しかも、昨今の国境を越えた仮想通貨は金融面での制裁の抜け道となる。

 わたしの構想No.41「米中対立をどうみるか」の中で、中西寛教授は、「西欧のリベラル・デモクラシーの政治体制と中国が千年かけてつくってきた皇帝独裁制という、2つの体制が、21世紀型のテクノロジーを用いて競争している構図にある」と、指摘した。予想以上のスピードで、中国は独自のシステムの構築に成功しているといえる。

 こうした状況下で、日本はどう振る舞うのか。すぐに答えの出る問題ではないが、インタビューから、中長期的な観点で語られているもので、参考となる指摘をピックアップしてみたい。

 1つ目は、日本は、欧州との連携を深めるべきだというものだ。日米連携の強化は不可欠だが、日米では経済の大きさにあまりにも違いがありすぎるし、また、米国は地理的にも離れている。だからといって、東アジアの中に、対外的な交渉力を持ちうるほどの政治力を有する国はない。そうであれば、「日本政府としては国際的な秩序を最重視する基本スタンスを貫き、むしろ戦略的に欧州を巻き込んで連携しながら、米国とは異なるアプローチで中国の軌道修正を図ることを考えるべき」と前掲の中で細川昌彦教授は指摘する。

 2つ目は、相手国が十分なメリットが感じられる対外援助をすべきだというものだ。川島真教授は、同じ号で「アフリカやアジアの国は、支援を受ける際に西側諸国ではなく、中国を選ぶ局面が目立つ」と指摘する。中国は、即決で、援助する対象国の実情に沿う魅力的な提案をし、かつ、民主化などの条件もつけないという。その結果、中国の対外援助は、日本よりもより魅力的に映るという。日本は、対象国側の目線に立った援助を行う必要がある。

 3つ目は、日本が、アジアにおいてパートナーとしての役割を果たすべきという意見だ。ロデリック・マクファーカー教授はインドやインドネシア、東南アジアの国々などアジア諸国との関係を強固にするためには、「単に日本が『経済的な利益』を追求するためではなく、それらの国々と真に『理解と親交』を深めるための努力をしていると受け止められるようにすることだ」 と述べている。国益にとらわれず、現地に入って自由に活動するNPOを、これまで以上に積極的に後押しすることも考えられる。それが最終的に日本にとってもプラスになることを理解すべきだろう。

 たとえ成果が出るまでに時間を要する取り組みであっても、中長期的な視点から臨むべきだ。経済が成長すれば、自由や民主主義を選ぶというのは幻想であった。しかし、ロシアやウクライナの国民は、自由を求め、戦争の回避を共に望んでいる。これは、デジタルツールによって、人々が情報にアクセスしているからにほかならない。こうした希望にも光を当てつつ、時間はかかるが効果が見込まれるものから、今すぐに取り組むべきだ。

参考文献

NIRA総合研究開発機構(2019)「米中対立をどうみるか」わたしの構想No.41
NIRA総合研究開発機構(2015)「日中関係を問う」わたしの構想No.11

脚注
1 Maarten Smeets(2018), “Can Economic Sanctions be Effective?” , WTO Staff Working Paper No. ERSD-2018-03
2 Felbermayr, G., A. Kirilakha, C. Syropoulos, E. Yalcin, and Y.V. Yotov, 2020. “The Global Sanctions Data Base,” European Economic Review, Volume 129.
The corresponding working paper can be downloaded here.
3 Kirilakha, A., G. Felbermayr, C. Syropoulos, E. Yalcin and Y.V. Yotov, 2021. "The Global Sanctions Data Base: An Update that Includes the Years of the Trump Presidency," in The Research Handbook on Economic Sanctions. Edited by Peter A.G. van Bergeijk.
The corresponding working paper can be downloaded here.

執筆者

神田玲子(かんだ れいこ)
NIRA総合研究開発機構理事・研究調査部長

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