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地域経済と市民社会

政策提言ハイライト

デジタルの力を活かしたボトムアップ型の地域づくり

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2022.02.24

 「転職なき移住」が注目されている。政府は「デジタル田園都市国家構想」を掲げて、デジタル実装を通じて地方の課題を解決し、経済の活性化を目指す。だが、地域特有の課題解決にあたっては、市民を含む多様な人びとの意見を取り込むことが不可欠だ。例えば、参加型民主主義プラットフォームなどを活用し、オンラインとオフラインでの議論を融合すれば、より幅広い意見を集めることが可能なはずだ。市民から行政へ、デジタルの力を活かしたボトムアップ型の地域づくりが求められる。

「転職なき移住」、新たな働き方

 新型コロナを契機にテレワークが普及し、働き方やライフスタイルが変わったことで、「転職なき移住」という新しい働き方が生まれた。これまで仕事面での懸念から地方移住を断念していた人たちが、現在の仕事や収入を維持しながら自然豊かな環境で暮らすことが可能になる。慶應義塾大学経済学部大久保敏弘研究室とNIRA総研が2020年12月に実施した共同調査によると、30%強の人がテレワークを利用して遠隔地に移住することに興味を持っており、特に10-20代が強い関心を示している(図表1)。

多様な主体が地域づくりに関わるべき

 政府はこの追い風を受けて、積年の課題である東京一極集中を是正すべく、「デジタル田園都市国家構想」の実現に向けて動き出した。同構想は、デジタル人材の育成・確保やデジタル実装を通じて地方を活性化し、都市と地方の差を縮め、都市の活力と地方のゆとりの両方を享受しようというものだ(注1)。デジタル技術の活用で、仕事や医療、教育など地方の抱える様々な課題を解決し、岸田首相が掲げる「地方から国全体へのボトムアップの成長」を実現することができるか、注目される。

 だが、地方が抱える課題は千差万別で、政府による画一的な支援だけでは課題解決に結びつかない。この点について、オピニオンペーパーNo.55「新たな当事者意識の時代へ」の中で、内田友紀氏(リ・パブリック シニアディレクター)は、経済成長・人口増加を前提にした時代ではトップダウン型の都市計画が中心であったが、成熟社会では一般的な計画はなくなっており、各地域で住民を含む多様な主体が実験や試行的実践を行うことが大切だと指摘する。地域に関わり合いのある人々が主体的に取り組んでこそ、地域特有の課題に対する解決手段を見出すことが可能になるということだろう。

 また、従来のやり方では、一定層にしかアプローチできないということも留意する必要がある。「デジタル化時代の地域力」の中で、小田理恵子氏(官民共創未来コンソーシアム代表理事)は、自治体の議員が接する市民は伝統的なコミュニティや一部の業界団体に限られ、政策に偏りが生じることが多いと述べる。また、多くの市民が自治体の意思決定や合意形成に関して無関心であり、こうした無関心な市民にどう伝えるかが大きな課題だと強調する。

参加型民主主義プラットフォーム“Decidim”

 では、より「多様な」人々を議論の場に取り込む手立てはあるか。前掲の「デジタル化時代の地域力」の中で、吉村有司氏(東京大学先端科学技術研究センター特任准教授)が紹介する“Decidim”が参考になる。Decidimは、バルセロナ市が開発したオープンソースの参加型民主主義プラットフォームで、オンライン上での協議や提案、投票など、さまざまな機能が実装されている。スペインでは大人が2人集まればすぐに議論が展開されるほど議論好きの人が多いが、Decidimの活用で、発言・話し合いの場がオンラインにも広がる。吉村氏によれば、バルセロナでは、市内の全街路の約60%を歩行者空間とする計画が進んでおり、そのプロセスにおいて地区の住民も含め、車道だった空間の利活用を市民同士で話し合いながらボトムアップで決めているという。

 このように、従来、行政と市民、あるいは市民同士で交わされていた議論が、オンライン上でよりインタラクティブに行える。こうしたプラットフォームを活用すれば、オフラインの会合に参加しない層の意見も引き出すことができる。また、オンラインとオフラインを融合し議論を進めることも有効だ。

 日本では加古川市や渋谷区などで導入されているが、まだ黎明期ということもあり、議論参加者の数は少ない。しかし、今後、デジタルネイティブ世代が社会の中心になるにつれ、オンラインで発言することはより一般的になると予想され、さまざまな意見を取り交わす場としての潜在的可能性は大きいと考える。

人びとのマインドが変われば行動も変わる

 デジタル化で地方創生を実現しようとする動きは新しいものではない。だが、新型コロナの影響により、人びとは心豊かに暮らせる環境・地域づくりにこれまで以上に関心を抱くようになったのではないか。このようなマインドの変化は、人びとが地域の課題に、より主体的に向き合う行動の変化を促す可能性がある。

 行政はこの好機を見逃さず、デジタルの力を生かして、より広範な意見を可視化・集約するべきだ。その結果、議論は一層発展するはずだ。市民から行政へ、より多くの人を巻き込んだボトムアップ型の地域づくりが求められる。

参考文献

大久保敏弘・NIRA総合研究開発機構(2021)「第3回テレワークに関する就業者実態調査報告書」
宇野重規・内田友紀・藤沢烈・米田惠美(2020)「新たな当事者意識の時代へ-当事者意識(オーナーシップ)とは何か-」NIRAオピニオンペーパーNo.55
宇野重規・小田理恵子・吉村有司・庄司昌彦・若林恵(2022)「デジタル化時代の地域力」NIRA総合研究開発機構

脚注
1 デジタル田園都市国家構想担当大臣 若宮健嗣「デジタル田園都市国家構想の実現に向けて-今後の論点(案)-」

執筆者

羽木千晴(はぎ ちはる)
NIRA総合研究開発機構在外嘱託研究員

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