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2022.01.31
オミクロン株の感染が急拡大している。ピークアウトはいつか、いつになれば収束するのか。出口が見えない困難の中、米国等では「下水」検査のオープンデータをもとに市中の感染状況をいち早く予測し、感染局面に応じた意思決定を円滑に行う取り組みが注目されている。新型コロナ対策に限らず、わが国もオープンデータの利活用を推進し、産学官から多くの知見を集約することで、社会に恩恵をもたらす枠組みを構築することが望まれる。
オミクロン株が猛威をふるっている。1月27日には、まん延防止等重点措置の対象が34都道府県にまで拡大した。ワクチンの普及により活気を取り戻しつつあった社会・経済活動は、またも先行きが不透明になった。感染症対策と経済対策との舵取りが求められる中、社会の意思決定を円滑に行うことがますます重要になっている。
いち早く状況を予測したデータ
そのために欠かせないのが情報である。一例をあげよう。アメリカのオミクロン株の流行は日本よりはるかに酷い。しかし、ボストン地域で最多の新規感染が報告されたわずか2日後、地元メディアは「ピークは越えた」との専門家の見解を報じた(注1)。どういうことか。
根拠となったのは、同地域の下水処理施設の検査データだ。水資源局と企業が連携し、週に3~7回、下水を採取してコロナウイルスの含有量を解析している。これまでの研究から、新型コロナ患者は発症日前後よりウイルスを排出するため、市中の感染者が増えると、下水中のウイルスRNA濃度が高まるという正の相関が確認されている。図1の折れ線をみると、検出されたウイルス量は12月下旬から急激に増加し、年末年始をピークに減少に転じている。実際、これを追いかける形で、報告される新規感染者の数も減りはじめた。
このモニタリングの優れたところは、検査のキャパシティや検査を受けない無症状例に影響されることなく、市中の感染状況を把握できる点だ。しかも個別の検査集計より早い。感染状況に応じて社会活動の制限や再開などを判断する上で、有用なデータである。下水モニタリングは、日本も含めさまざまな国や地域で導入されつつある。
肝心なのは、こうしたリアルタイムに近い情報が公開されていることだ。ミズーリ州の病院では、下水データの遺伝子配列を解析した変異株の比率情報にも注目していた。抗体薬のうちオミクロン株に唯一有効なものは供給が少なく、医師はオミクロン株の流行まで使用を控えたそうだ(注2)。データを素早く公開することで、より多くの知見が蓄積され、意思決定に活用することも可能になる。下水検査のように平均化したデータならば、個人情報の問題も生じにくい。
知見を集約し、社会で恩恵を得る
こうした事例は、コロナ対策に限らず拡張できるはずだ。では日本において、データに基づく迅速な意思決定を推進するために、どのような枠組みが必要だろうか。「日本と世界の課題2022」の中で、デジタル庁審議官の犬童周作氏は、デジタル庁が官民のデータ連携も視野に入れて社会全体のアーキテクチャーを描き、基盤を構築していくとの展望を述べている。実現できれば、社会のさまざまなところで恩恵をもたらすだろう。
UCLのマリアナ・マッツカート教授は、わたしの構想No. 56において、政府と企業が公共のために共生するには、政府が民間セクターと共に、市場を形成し、共創する責任を果たす必要があると説く。官民問わず活用できる知見をダイナミックに集約し、より良い社会を構築していくことが望まれる。
参考文献
NIRA総合研究開発機構(2022)「日本と世界の課題2022」
NIRA総合研究開発機構(2021)「コロナ感染症、不決断という日本の病」わたしの構想No.56
国土交通省『下水道における新型コロナウイルスに関する調査検討委員会』資料
MWRA “Wastewater COVID-19 Tracking”
CDC “COVID Data Tracker”
脚注
- 1 “Experts are seeing hopeful signs in the Boston area’s COVID-19 wastewater data”, BOSTON.COM(2022年1月26日アクセス)
- 2 “In Sewage, Clues to Omicron’s Surge”, The New York Times(2022年1月26日アクセス)
著者
関島梢恵(せきじま こずえ)
NIRA総合研究開発機構研究コーディネーター・研究員