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認知症の新薬、高齢社会の医療費を議論する好機に

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2021.10.22

 アルツハイマー病の新薬「アデュカヌマブ」が、日本で年内にも承認されるか注目されている。発売されれば、初めてのアルツハイマー病「治療薬」となるが、薬価は高額と予想され、医療財政を圧迫する可能性もある。多数の患者が苦しむ病の新薬に、限られた医療費をどのように効率的・効果的に使うべきか、高齢社会の医療費のあり方について国民的な議論が急がれる。

 アルツハイマー病の新薬「アデュカヌマブ」が、日本で年内にも厚生労働省から承認されるか、審査の行方が注目されている。米国ではすでに今年6月、条件付きで承認された。発売されれば、これまで「対症療法」の薬しかなかったアルツハイマー病に、初めて、病気の進行を抑制する「治療薬」が登場する。超高齢社会で、日本の認知症の患者は2025年には730万人に増加、うち8割がアルツハイマー病との推計もあり、患者数は膨大だ。治療薬の登場が新たな希望の扉を開くことは間違いない。

公的医療保険でどこまでカバーするか

 大きな問題となるのが、費用だ。米国でのアデュカヌマブの希望価格は年56,000ドル、600万円を超える高額である。日本で承認されるとして、公的医療保険でどこまでカバーするか。日本の医療費は42兆円超え(図表1)、これ以上の伸びをいかに抑制できるか、重要な局面にある。アデュカヌマブの適応は、初期・早期アルツハイマー病が対象とされているが、それだけでも相当な患者数のはずだ。薬価がどれくらいになるにせよ、それに患者数をかければ膨大な薬剤費となり、医療費にのしかかってしまう。加えて、適応対象かどうかを判断する検査も高額とされる。

 他方、患者数の多さは、それだけ、治療薬で救われる命や人生が多いということでもある。患者のみならず、認知症は介護にあたる家族や社会への負担が重く、深刻な社会問題になっている。介護保険制度の創設に尽力され、認知症のケアにも詳しい橋本泰子大正大学名誉教授は、わたしの構想No.30で「高齢や病気で身体が弱っても、日本の社会保障制度を利用すれば自立した生活は不可能ではないが、認知症は、周囲の見守りだけで支えるのは限界がある」と指摘している。佐渡充洋氏らの試算によれば、認知症の社会的コストは、2030年には21兆円にのぼる。うち9.7兆円が介護費で、9兆円弱がインフォーマルケアのコスト(家族等が無償で実施するケアを費用として算出)だ。すなわち、認知症におけるコストの大半は、医療ではなく介護である(図表2)。治療薬の登場は、こうした状況を変えていく可能性を秘める。

広く国民的な議論が急がれる

 多数の患者とその予備群がいて、今後も急増していく状況に対し、限られた医療費をどのように効率的・効果的に使うべきか、国民的な議論が急務である。仮に承認されるとなれば、どのような基準で、どこまでを医療保険の対象とするのか。国には、費用対効果の検証に基づく丁寧な説明が望まれる。

 アデュカヌマブという新薬の登場で、対症療法しかなかったアルツハイマー病の治療可能性が、初めて現実化することになる。その福音をまずは喜びたい。同時に、アデュカヌマブの登場は、アデュカヌマブの新薬承認の問題にとどまらず、高齢社会における医療費や公的医療保険はどうあるべきなのか、改めて問題を投げかけるものだ。

 医療費の抑制の必要性とともに、ようやく生まれた初の治療薬というイノベーションを、どう評価し、適切に使用すべきか。

 家族や社会のリソースを大きく介護に投入せざるをえない認知症の社会的コストをどう考えるか。

 治療薬で得られるメリットに対して、われわれは何をどう負担していくべきなのか。

 さまざまな視点を踏まえて議論を深めたい。同時に、国には、メリットとデメリットに基づいた具体的な選択肢を提示して、国民の合意を形成していくことを要望したい。

執筆者

榊麻衣子(さかき まいこ)
NIRA総合研究開発機構研究コーディネーター・研究員

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