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オープンガバナンスを見据えたデジタル社会の実現

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2021.09.28

 デジタル社会形成の司令塔として、デジタル庁が発足した。行政のデジタル化は、日本が長年取り組み失敗を重ねてきた歴史がある。デジタル庁をこれまでの失敗の二の舞にしないためには、単に「行政のデジタル化」だけを目標にするのではなく、その先にあるオープンガバナンスを見据えなければいけない。行政の都合ではなく、政策のエンドユーザーである市民の目線に立ったデザイン思考こそが、行政と市民の新しい連携の場を構築するために必要だ。

デジタル庁を過去の失敗の二の舞にしないためには

 デジタル社会形成の司令塔として、デジタル庁が9月1日に発足した。「誰一人取り残さないデジタル社会の実現」を掲げ、未来志向のDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進する。新型コロナウイルス感染症対策で、日本政府のデジタル化の遅れが図らずも露呈したが、行政のデジタル化は、日本が長年取り組み失敗を重ねてきた歴史がある。

 デジタル庁をこれまでの失敗の二の舞にしないためには、単に「行政のデジタル化」だけを目標にするのではなく、その先にあるオープンガバナンスを見据えることが必要だろう。オープンガバナンスとは、地域社会に主体的に関わる市民とオープンガバメントの協働によるガバナンスのことである。わたしの構想No.28「オープンガバナンスの時代へ」で奥村裕一氏(東京大学公共政策大学院客員教授(当時))は、行政は単にオープンデータにとどまるのではなく、市民と行政の協働をめざし、「市民参加型社会」によるオープンガバナンスを築くことが必要だと指摘している。

 また、人口減少や少子高齢化が進む日本において、ITを活用し行政と市民が連携して政策課題に取り組むことは必要不可欠である。同誌で犬童周作氏(内閣官房情報通信技術(IT)総合戦略室内閣参事官(総括)(当時))は、人口減少が進む中、行政だけで地域の諸課題に対応することは今後困難になっていくため、官民が協働して公共的サービスを担う社会になっていくと指摘する。その意味でも、オープンガバナンスは現代日本にとって大きな可能性を秘めている。

市民目線に立ったデザイン思考を取り入れよ

 オープンガバナンスを進め、行政と市民の新しい連携の場を構築するために必要なものは何か。奥村氏はデザイン思考の考え方を取り入れるべきだと主張する。始めから完璧な公共サービスや政策をつくろうとするのではなく、まずは「プロトタイプ(原型)」を示し、利用する人びとの反応をよく見て手直ししながら完成に近づけていくというやり方だ。デザイン思考については、わたしの構想No.46「デザイン思考で人間中心の政策を」でも特集をしているが、本誌にてクリスチャン・ベイソン氏(デンマーク・デザイン・センターCEO)は、政策のエンドユーザーである市民や企業の目線に立ち、その上でアイデアを共に創出し、実験しながら政策を作り上げるデザイン思考が英国や北欧諸国などで取り入れられているという。

 日本政府のこれまでの行政のデジタル化は、あくまで行政目線、行政の都合で進められてきたもので、デザイン思考とはかけ離れたものだ。その結果、大きな予算をつぎ込んで設備を作っても、使い勝手が悪かったり、ニーズが低かったりして、結局は使われないシステムを作り上げるだけであった。

 デジタル庁が掲げる「誰一人取り残さないデジタル社会」の言葉通り、行政が自分たちの都合で進めるのではなく、市民を巻き込み、市民が納得のいく形でデジタル社会を実現することが、オープンガバナンスへの第一歩となるはずだ。宇野重規理事(東京大学社会科学研究所教授)がわたしの構想No.28「オープンガバナンスの時代へ」で指摘するように、オープンガバナンスは民主主義の深化に資するものである。デジタル庁の発足が、現代日本における新たな民主主義を作り上げるきっかけとなることを、期待したい。

執筆者

川本茉莉(かわもと まり)

NIRA総合研究開発機構研究コーディネーター・研究員

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