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日本版トランジション・ファイナンスを作り上げろ

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2021.08.25

 パリ協定が掲げる脱炭素社会。その実現に向けた金融手法、「トランジション・ファイナンス」が注目を集めている。国内でも大手海運業者を中心に調達が始まった。しかし、トランジション・ファイナンスの活用は世界的に見ても低調だ。資金提供者側からの理解が得られていないことが主な原因として挙げられている。政府、事業者、資金提供者が協力し、日本流の投融資環境を整備していくことが重要だ。

注目されるトランジション・ファイナンス

 2020年10月、菅首相は「2050年カーボンニュートラル(CO2排出実質ゼロ)」を宣言し、脱炭素に向けた姿勢を鮮明にした。30年後の宣言の実現に向け、円滑なトランジション(移行)を図る技術開発、制度の見直しや創設など幾多の取り組みが動き始めている。

 その中で、「トランジション・ファイナンス」が注目を集めている。例えば、海運会社がCOなどの排出量が少ない液化天然ガス(LNG)燃料の自動車船の購入といった、パリ協定が掲げる脱炭素を徐々に進めるための投融資を指す(図表1)。ESG投融資の手法のうちの1つだ。国内では2021年3月に川崎汽船がトランジション・ローンで資金を調達し、日本郵船も同年7月にトランジション・ボンドを発行すると発表した。わたしの構想No.53「脱炭素社会 実現への道のり」で、奥田久栄氏(JERA取締役副社長執行役員経営企画本部長)は、脱炭素への現実的なアプローチとして、既存の技術や設備を生かしながら、技術革新に応じて排出量を削減していく円滑なトランジションを図る必要があるとしており、企業のトランジション・ファイナンスのより一層の活用が期待される。

トランジション・ファイナンスを後押しするために

 しかし、世界的に見てもトランジション・ファイナンスの利用はまだ低調だ。2020年、世界のESG投融資額は約5,000億ドルまで達したものの、トランジション・ファイナンスの投融資額はその1割にも満たないとされる。資金提供者から、地球温暖化対策の国際枠組みであるパリ協定の達成に向け、現状の制度・環境では脱炭素の道筋が立てられないとの疑念が生じていることが主な要因だ。もっとも、ESG系の投融資プロジェクトの評価や効果の開示に関しては、国際資本市場協会(ICMA)が定めた「クライメート・トランジション・ファイナンス・ハンドブック」や「グリーン・ボンド原則」などの自主的ガイドラインが存在する。しかし、これらは包括的な規定であり、基準や参照とする脱炭素化シナリオなどが曖昧である。トランジション・ファイナンスの活用で、どれだけ脱炭素につながるのかを明示する制度設計が求められる。

 これには、既に経済産業省が検討を進めているが、脱炭素の業種ごとのロードマップの策定が必要だ。今後、脱炭素の道筋を具体化させた段階では、途中経過のモニタリングも求められる。脱炭素効果の測定・開示基準は、現在事業者ごとに様々になっているが、これらの統一化も望まれる。このような仕組みが出来上がれば、見掛けだけ環境に配慮しているように装う「グリーンウォッシュ」も防ぐことができそうだ。

 一方で、投資家へ財務的なメリットを与えることも必要であろう。脱炭素への取り組みを行うため、収益性を重視する一般的な投資と比べてリターンが小さくなりやすい傾向にあるからだ。金融機関等による融資の場合には、政府からの利子補給によって事業者への資金供給が後押しされるようになる。投資の場合にも、この利子補給金に当たる財政支出を投資家への利息に充当したり、設定した脱炭素目標を事業者が達成できなかった場合に利息が上昇する仕組みができれば、投融資の両面からの資金調達が促されるのではないか。

日本なりの仕組みづくりをする

 地球温暖化の大きな要因となっている温室効果ガス。その排出を抑えるべく、日本が「脱炭素」に金融面からも取り組んでいくことは世界的に大きな意義がある。事業者がトランジション・ファイナンスで資金調達をする上で、ICMAの国際的なガイドラインと整合的であることはもちろん必要だ。しかし、国家目標や産業の動向、国内資源の多寡などの違いにより、脱炭素実現への道筋は各国様々である。安易に海外事例を国内に当てはめ、評価、実行しても意味はない。

 日本には高い技術力がある一方、エネルギー資源は化石燃料の輸入に頼り切っている。この現状から脱炭素に向けた移行に積極的に取り組まなければならない立場に立っているのだ。既存の技術、設備を生かし、現実的なシナリオでCO2の排出を削減する。日本流の投融資環境を整備し、トランジション・ファイナンスの事例を積みあげていかなければならない。それには政府、事業者、資金提供者の理解・協力が必要不可欠だ。2050年直前になって即座に脱炭素化ができるわけではない。関係者全員の早急な対応が求められる。

執筆者

鈴木壮介(すずき そうすけ)
NIRA総合研究開発機構研究コーディネーター・研究員

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