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ICT時代におけるメディア・リテラシー教育の
「世代間格差」を無くせ

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2021.07.28

 日本における個人のインターネット利用率は9割目前を迎えている。インターネットを通じた情報取得は常に「ソース・内容の確かさ」が問題となり、人々が「メディア・リテラシー」を持つことが求められている。しかし、現状、日本における「メディア・リテラシー教育」政策は、青少年を対象としたものが多く、インターネットの利用率が高まる高齢者まで行き届くプログラムを十分に展開できていない。海外の事例を参考に、「メディア・リテラシー」の世代間格差を無くすプログラムが、いま求められている。

日本におけるインターネット情報環境の変化と抱える課題

 わが国におけるインターネット利用率(個人)は2019年に89.9%、遂に9割目前を迎えた(注1)。人々のインターネット利用率が高まり、情報取得が容易となった現在、考えなければならないことは何か。

 わたしの構想No.54「ニュースメディア 分断なき公共圏を作れるか」では、人々の生活における情報環境の変化に合わせ、各メディアがデジタル化を推し進めていることが再確認された。その中で、瀬尾傑・スマートニュース メディア研究所所長は「目指すべきは、人々がデマに惑わされない、強い社会を築くことである。そのためには、情報を比較検討して正しい判断ができるリテラシー教育を、義務教育段階から行うことも必要」と述べる。

 インターネットを通じた情報取得は常に「ソース・内容の確かさ」が問題となり、フェイクニュースに代表される社会問題となっている。人々が十分な「リテラシー」を持って情報に接触することが求められているのである。

日本における「ICTリテラシーの向上」に向けた政策とその問題

 それでは、わが国が取り組む、インターネット・リテラシー教育はどのようなものであるか。総務省は「ICTリテラシーの向上」について政策動向を3種に区別してまとめる(注2)。(1)「e-ネットキャラバンの推進」は「文部科学省及び情報通信分野等の企業・団体等と協力しながら、子どもたちのインターネットの安全な利用に係る普及啓発を目的とした出前講座である『e-ネットキャラバン』の実施」、(2)「メディアリテラシーの向上」は、放送番組やインターネット等各種メディアを主体的に読み解く能力を育てるため、ICTメディアリテラシーを総合的に育成するプログラムの公開、(3)「青少年のインターネット・リテラシー向上」はインターネットに係る実際に起きた最新のトラブル事例集を公開、各地域での総合的な周知啓発活動、とされている。

 このような資料をみると、基本的には青少年を対象とした教育プログラムが組まれていることがうかがえる。しかし、現状の青少年を対象とした教育プログラムばかりでは、もはや不十分な状況と指摘せざるを得ない。なぜなら、冒頭で触れた通り、日本における個人のインターネット利用率はほぼ9割、図表1の通り,高齢層を見ても、インターネットを週1回以上利用する人は60代で7割以上、70代で5割以上、80代以上で2割以上という状況にあるからだ。高齢者向けの「ICTリテラシー教育」は、情報機器の「使い方」に集中する傾向にあり、高齢者においてもパソコンやインターネットを「『正しく使う』能力が必要」指摘されている(注3)。

教育対象を明確にした効果的なプログラムの展開の必要性

 海外事例は先進的なものが存在する。メディア・リテラシー教育に対する政府の関心が高いフィンランドでは、フィンランド公共放送協会(YLE)が「メディアコンパス(Mediakompassi)」というプロジェクトを展開しており、テレビ・ウェブサイト・体験型イベントを組み合わせた教育を、6歳からを対象年齢として行っている(注4) 。このプロジェクトの注目すべき点は、青少年やその親のみならず、一般成人を対象としたコンテンツを展開しており、それぞれの世代、立場にとって必要なリテラシーの情報を総合的に提供していることにある。全世代をカバーしたプログラムであるがゆえ、各世代が、他の世代・立場におけるメディア・リテラシーの問題を意識することにも繋がる可能性を秘めている。

 現在の日本におけるメディア・リテラシー教育に必要なことは、公的・私的機関を問わずフィンランドの例のように、各世代それぞれに効果的な教育プログラムを組み、全世代をカバーする総合的なメディア・リテラシー教育を実施することにある。それにより、世代間の差異が縮まるインターネット利用の実相に合わせ、人々のメディア・リテラシーを向上させ、各世代が「善きツール」としてインターネット利用することが期待される。

 インターネット技術の発展は、人々の判断に資する情報取得を容易にしてきた。一方、人々が情報を精査する習慣が追いついていないことはたびたび問題視される。「人々がデマに惑わされない、強い社会を築く」ためには、各世代に合ったリテラシー教育プログラムを展開し、「メディア・リテラシー」の世代間格差の縮小を目指すことが急務である。

参考文献

NIRA総合研究開発機構(2021)「ニュースメディア 分断なき公共圏を作れるか」わたしの構想No.54
小平さち子(2012)『メディア・リテラシー』教育をめぐるヨーロッパの最新動向〜リテラシーの向上に向けた政策と放送局にみる取り組み〜」『放送研究と調査』、2012年4月号、40-57.
和田正人(2020)「メディア・リテラシー教育:日本及び海外における定義」『東京学芸大学紀要』71巻、581-611.​

脚注
1 総務省「令和2年情報通信白書」337-338頁.
2 総務省「令和2年情報通信白書」464-466頁.
3 内閣府「平成30年版高齢社会白書」98頁.
4 小平さち子「『メディア・リテラシー』教育をめぐるヨーロッパの最新動向〜リテラシーの向上に向けた政策と放送局にみる取り組み〜」『放送研究と調査』、2012年.

執筆者

大森翔子(おおもり しょうこ)
NIRA総合研究開発機構研究コーディネーター・研究員

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