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日本もパラダイムシフトの挑戦を

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2021.06.30

 2021年5月、バイデン大統領は、2022年度の大型予算を公表した。記者会見の席で、アメリカをコロナ前に戻すのではなく、より良いアメリカを目指して「パラダイムシフト」を実現すると強調した。それは、グローバル化によってマイナスの影響を受けた人々に、質の高い労働の機会を提供することを意味する。パラダイムシフトを求められているのは日本も同じだ。バイデン政権の挑戦を様子見している余裕はない。

パラダイムシフトに動き出したバイデン政権

 2021年5月末、米国のバイデン大統領は、自身が大統領となって初の予算教書を発表した。2022年度の歳出額が6兆111億ドルと、コロナ前の予算を約3割上回る大型予算である(図表1)。すでに公表していた雇用計画や家族計画、そして救済計画の3つの計画を実行に移すものだ。計画の主眼は、グローバル化やサービス経済化の中で厳しい状況にある中間層を立て直すこと、そして、中国をはじめとする外国の競争相手との闘いに勝つことに置かれている。

 今回の予算を、ルーズベルト大統領が1930年代の大恐慌時に実施したニューディール政策と比較し、大きな政府への回帰と見る向きも多い。だが バイデン大統領は、記者会見の席で、アメリカをコロナ前の姿に戻すのではなく、より良いアメリカを目指して「パラダイムシフト」を実現するべきだと強調している。

パラダイムシフトは、世界と国内のWin-Win関係を形成すること

 果たして、バイデン大統領が掲げる政策は、パラダイムシフトにつながるのか。それは、工場の海外などへの移転に伴う解雇など、グローバル化によりマイナスの影響を受けたアメリカ各地の地域の人々に、労働の機会、しかも質の高い労働を提供し、格差是正につなげることができるのかが試金石となる。

 例えば、所得税の最高税率を37%から39.6%に引き上げ、有価証券などの取引に伴うキャピタルゲインにも同じ最高税率を適用、現行の20%から引き上げるという案。一部の富裕層の反発があるかもしれないが、所得や資産収入の高い人に、より多くの税負担を課すことで、所得格差の是正につながる。さらに、税収増の原資をもとに歳出を増やすことで、「トリクルダウンの機能」(富が富裕層から低所得層に徐々に滴り落ちるとする)の効果も期待できる。

 未就学児対象の教育、そしてコミュニティカレッジ(公立の2年制大学)での無償教育を、それぞれ2年間、供与する政策も打ち出している。しかも、受けられる対象は、低所得層のみならず、中所得層も含まれる。大学などの高額な教育費で知られる米国で、対象を拡大したのは望ましい。

 これらは国内の格差是正にはつながるが、それだけでは不十分だ。グローバル社会と連携していくためにも、米国の利益と世界共通の利益のバランスをどう取りつつ進めていくべきかが問われている。これについてもいくつかの注目すべき点がある。

 バイデン政権の予算案に示されたインフラ投資には、グリーン化のための投資が含まれる。その効果は、インフラや様々な設備を建設する現場の雇用確保にとどまらない。地球的な課題の同時解決に資する将来のための投資にもなる。共和党政権が背を向けていたグリーン化に、米国として取り組むことは、国内的にも国際的にも歓迎すべきことだ。

 また、米国は、法人税の国際的な最低税率を15%にすることを国際社会に提案し、先のG7の財務大臣会合で合意され、G7首脳会議でも追認された。これは、タックスヘイブン国への税逃れに歯止めをかける。海外の低い税率に下限を設けることで、Race to the Bottomへの競争をやめさせることができる。これまで低い税率を求めてアメリカ国外に投資先を求めていた企業は、これを機に国内に回帰するかもしれない。

 しかし、ひとたび、米国がパラダイムシフトに失敗すれば、簡単に一国主義に舞い戻ることになる。そうなれば、世界秩序は極めて深刻な事態に陥ることになるだろう。2020年2月に実施したNIRAフォーラム2020に於いて、古城佳子教授は、安定した国際秩序を形成できるかどうかは、「世界共通の利益と個別の利益を一致させるような政策を実現できるかどうか」に掛かっていると述べた。今回、バイデン政権がパラダイムシフトとして追求していることは、この一言に要約されている。世界と国内の両者がWin-Win関係になるための政策やルールづくりを実現することが期待される。

争点化なき日本

 ひるがえって日本はどうか。日本は、バイデン政権の挑戦を、様子見している場合ではない。高齢者向け社会保障給付の増加、巨額な債務残高、生産性や所得の伸び悩み、デジタル化の遅れなど、抱えている問題は米国より深刻ともいえる。経済や政治面で自由を追求する国として、日本は、自身のパラダイムシフトに挑戦し、政策の試行錯誤を積み重ね、世界に貢献していなかければならない。そのためにも、官民を挙げて、これらの政策課題を争点化させ、議論を積み上げていくことが必要だ。

 しかし、日本には、残念なことに、経済政策の原理・原則をめぐる対立軸が存在しない。先のフォーラムで基調講演を行った谷口将紀理事長は、日本では政策課題が争点化されていないことを指摘した。欧米における左右対立は、「大きな政府(社会民主主義、リベラル)」と、「小さな政府(新自由主義)」という理念の違いを巡って行われたが、日本ではそうした対立は存在しないのだ。選挙で勝つことばかりを優先し、日本の政治は「真の課題」から目を背けてしまっている。パラダイムシフトに挑戦しなければならないのは、われわれ日本人であることを肝に銘じなければならない。

参考文献

NIRA総合研究開発機構(2020)「新たな国際秩序の形成と日本の政策ビジョン-知をつなぎ、政策を共創する場の形成-」NIRAオピニオンペーパーNo.50
Office of Management and Budget (2021) “Budget of the U.S. Government-Fiscal Year 2022”
Office of Management and Budget, "Table 1.1—Summary of Receipts, Outlays, and Surpluses or Deficits (-): 1789–2026," Historical Tables. (2021年6月30日取得)

神田玲子(かんだ れいこ)
NIRA総合研究開発機構理事・研究調査部長

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