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人に優しいデジタル社会形成へ

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2021.05.31

 コロナ禍は、医療や行政手続きなど様々な分野でデジタル化への課題を浮き彫りにした。そうした中、政府は9月発足予定のデジタル庁を司令塔として社会全体のデジタル化を目指す考えだ。デジタル化自体が目的化することなく、デジタル技術やそれを運用する国・行政に対する国民の信頼のもと、デジタル社会を築くことが求められる。

コロナ禍で鮮明になったデジタル化への課

 国内のコロナ禍は、いまだに収束の見通しが立っていない。頼みの綱のワクチン接種も海外に大きく遅れをとっている状況だ。英国などワクチン接種率の高い国は経済正常化に進んでいるだけに、ワクチン接種を加速させ、経済を立て直すことが喫緊の課題だ。

 同時に、コロナ禍で浮き彫りになった課題の克服に向けて舵を取ることも不可欠だ。NIRAオピニオンペーパーNo.57『日本のコロナ対応策の特徴と課題』で、NIRA総研の翁百合理事は、課題の1つとして、医療のデジタル化の遅れを挙げている。OECDの分析によれば、日本の医療におけるIT化は、ドイツやアメリカなどと並んで先進国の中では遅れていると指摘する。実際、医療機関や保健所からの陽性者の報告は当初FAXで行われ、その結果、集計ミスや迅速な情報把握の妨げといった弊害を生んだ。

 顕在化した課題はこれだけではない。不要不急の外出自粛が求められるなか、自宅にいながら日常生活を続けることが必要だったが、行政のオンライン手続きの不具合、押印文化というテレワークの阻害要因、オンライン教育に必要な基盤の整備不足など、社会全体でデジタル化への課題が顕著になった(図表1)。

デジタル社会の基盤となるマイナンバー

 そうした中、5月中旬、デジタル庁の新設を柱とした「デジタル改革関連法」が成立した。デジタル庁は内閣直属の組織で、他省庁への勧告権を持ち、社会全体のデジタル化を主導する司令塔として省庁横断的な政策の推進を目指す。

 並行して、デジタル社会の基盤となるマイナンバーの更なる活用も進められる。政府は2022年度末までにほぼ全ての国民にマイナンバーカードを普及させるという目標を掲げているが、2021年3月1日時点で、人口に対する交付枚数率は26.3%にとどまっている。マイナンバーに関しては、個人情報の漏洩や国家による監視といった国民の懸念が根強く存在する。換言すれば、デジタル技術とそれを運用する国や行政に対する国民の信頼度が低いとも言える。

 対して、国民の不安払拭を狙う政府の動きも見られる。例えば、政府が運営するオンラインサービスであるマイナポータルでは、「やりとり履歴」として、行政機関の間でマイナンバー制度に関わる情報照会・情報提供が行われた記録を閲覧できる。つまり、行政機関等の業務上で自分の個人情報がどのようにやりとりされたのかを確認することが可能だ。

 また、デジタル庁は、「オープン・透明」や「安心・安全」など、デジタル社会形成における10原則を提示しているが、そのトップに「オープン・透明」を据え、「国民への説明責任を果たす」としている点からも、国民の信頼を重要視している姿勢がうかがえる

デジタル化は手段にすぎない

 国を挙げてデジタル化に針路をとるなか、留意しなければならないのは、デジタル化自体が目的になってはいけないということだ。デジタル社会の形成に躍起になる余り、国民をなおざりにすれば、行き着く先は、国民の利便性が高まるどころかデジタル技術や政府への不信がますます高まった社会だ。

 「デジタルの活用により、一人一人のニーズに合ったサービスを選ぶことができ、多様な幸せが実現できる社会 〜誰一人取り残さない、人に優しいデジタル化〜」、デジタル庁の目指すビジョンだ。正しい方向に進んでいるか、国民による監視の目が向けられる。

執筆者

羽木千晴(はぎ ちはる)
NIRA総合研究開発機構在外嘱託研究員

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