NIRAナビ|「研究を読み解く」の個別紹介ページです。

RESEARCH OVERVIEW

研究 研究を読み解く

科学技術

政策提言ハイライト

テレワークを感染症対策だけで終わらせないために

文字サイズ

2021.03.31

 新型コロナが蔓延するなかテレワークの利用が急速に広まっている。テレワークはコロナ危機前から、ワークライフバランスの改善や生産性向上を図る手段として期待されてきたが、その利用は限定的であった。テレワークを感染症対策だけで終わらせずポストコロナ社会でも有効利用していくために、私たちは何を考える必要があるのだろうか。

テレワークと生産性の関係

 「テレワークは生産性にプラスなのか?」―これは、ポストコロナ社会でのテレワークの利用を考えたとき、多くの人に突きつけられる問いだろう。これに関して、多くの先行研究が蓄積されているが、一貫した結果は得られていない。例えばBloom et al (2015) は、コールセンター業務において在宅勤務が生産性を向上させることを確認している。そのメカニズムとして、休憩、病欠の減少による勤務時間の増加、静かで便利な就業環境による仕事の効率化があることを明らかにしている。一方、Battistion et al (2021) は、英国の警察で働く緊急通報のコールハンドラー(電話を受け付けて、情報をシステムに入力) とオペレーター(コールハンドラーの情報を基に現場に警察を手配) の生産性を分析した結果、両者が別室に配置されているときよりも、同室に配置されている(特に近い場所にいる)場合、対面でのコミュニケーションが増え処理時間が短くなり、生産性が向上することを発見している。これらの研究からもわかるように、テレワークが生産性に与える影響がはっきりしないのは、テレワークには向き不向きの業務があることや、生産性は職場や自宅の就業環境にも依存するためである。

 ここで留意したいのは、必ずしもテレワークが不向きな業種ほどテレワークの障害が多いとは限らない点だ。図1はテレワークの向き不向きと、テレワークの障害を業種別に確認したものであるが、例えば、飲食・宿泊、教育、医療・福祉などで働く人は、自分の業種はテレワークに不向きと認識する割合が高い。しかしながら、個別のテレワークの障害を認識している人の割合は全般的に低い。NIRAオピニオンペーパーNo.47「テレワークを感染症対策では終わらせない―就業者実態調査から見える困難と矛盾―」で大久保敏弘教授は、一見、テレワークが困難に思われる業種であっても、管理業務や事務業務などではテレワークの利用が進む可能性があると指摘する。サービスのオンライン化、自動化が進展すれば、さらにテレワークが進む余地があるという。程度の差はあれ、どの業種にもテレワークにより生産性を向上させるポテンシャルはある。

テレワークか職場か、ベストミックスを模索しよう

 では、いかにしてそのポテンシャルを引き出せるだろうか。NIRAわたしの構想No.50「組織と個人をリ・アジャストする」で、楠木建教授は「効率」か「効果」のどちらが目的なのかを見極める「センス」が重要と説く。例えば会議1つをとっても、事務的な会議は効率を追求し「オンライン」、アイデア出しやチームの士気向上の場面では効果を追求し「オフライン」といった具合だ。新しい動きに応じてオンラインスキルの獲得ばかりに走り、本来の目的を見失っては本末転倒と指摘する。

 センスの獲得には経験も重要だ。慶應義塾大学とNIRA総研がコロナ下で日本の就業者に対して実施した「テレワークに関する就業者実態調査」のデータを分析したOkubo et al (2021)では、テレワークの利用期間や労働時間が長い人は主観的な仕事の効率性が高いことを確認している。テレワークの経験を積むなかでテレワークと職場で行う業務を特化させていき、テレワークと職場のベストミックスを模索することが生産性を高めるカギなのだろう。

職場の環境整備を考える

 ベストミックスを模索するための環境整備も欠かせない。上のBloom et al (2015)では、テレワークを自分の意思で選択した労働者は強制的にテレワークをさせられた労働者と比べて、生産性が高いことを報告している。また、Okubo et al (2021)では柔軟な働き方ができる職場に勤めるテレワーク利用者ほど、主観的な仕事の効率性が高いことを確認している。自発的にテレワークを選択できる環境が労働者のモチベーションを高め、テレワークの生産性に寄与しているのかもしれない。

 とはいえ、労働者の自由なテレワークの選択自体がベストミックスを保証するものではない。同わたしの構想でトーマス・リー准教授は「離れて働いていると、インフォーマルで非言語的な指導が得られない」と、テレワークによる企業文化や信頼関係の劣化に警鐘を鳴らす。こうしたテレワークによる長期的なマイナスの影響を打ち消すためには、対面での交流機会を意図的に作る工夫が求められよう。その意味で、テレワークの利用を考えることは職場の利用を考えることであり、テレワークが進展すればするほど職場は交流の場としての重要性をより一層強くしていくだろう。

参考文献

大久保敏弘・NIRA 総合研究開発機構(2021)「第3回テレワークに関する就業者実態調査報告書」
大久保敏弘(2020) 「テレワークを感染症対策では終わらせない―就業者実態調査から見える困難と矛盾―」NIRAオピニオンペーパーNo.47
NIRA総合研究開発機構(2020)「組織と個人をリ・アジャストする」NIRAわたしの構想No.50
Battiston, D., Blanes i Vidal, J., & Kirchmaier, T. (2021). Face-to-face communication in organizations. The Review of Economic Studies, 88(2), 574-609.
Bloom, N., Liang, J., Roberts, J., & Ying, Z. J. (2015). Does working from home work? Evidence from a Chinese experiment. The Quarterly Journal of Economics, 130(1), 165-218.
Okubo, T., Inoue, A., & Sekijima, K. (2021). Teleworker performance in the COVID-19 era in Japan. Asian Economic Papers, 20(2), 175-192.


執筆者

井上敦(いのうえ あつし)
NIRA総合研究開発機構研究コーディネーター・研究員

  • twitter
  • facebook