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新型コロナ感染症

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専門家と政治家の"ソーシャル"ディスタンスを考える

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2020.09.25

 行政の失策は、時に国民に甚大な影響を及ぼす。ここ数十年の間に起きた、薬害エイズや金融機関の不良債権問題、福島の原発事故などは、行政の不作為によって不特定多数の人々が多大な被害を受けた深刻な例である。そして、今回の新型コロナウイルス感染における医療・保健体制の不備も、名を連ねることになるだろう。いずれの場合も、行政が科学的な知見に基づいた適切な判断を行ったのか、また、国民に対して説明責任を果たしたのかが、問われるものだ。

科学に対する姿勢は国の「カタチ」を示す

 専門的な知見をどのように政策に反映させるのか。それについては、対処する課題やその時々の政権、また、国によっても大きく異なる。今回の新型コロナウイルス対応でも、各国によって大きな違いがみられる。スウェーデンは、感染が拡大する中でもロックダウンを実施しなかったことで、内外から強い批判を浴びた。そうした逆風を受けても、当初の政策を堅持することが可能であったのは、オピニオンペーパーNo.52「スウェーデンはなぜロックダウンをしなかったのか」で、翁百合が示したように、憲法で、専門性の高い公的機関(エージェンシー)の独立性が規定されていたためである。エージェンシーへの政治介入が、憲法で明確に禁止されているために、専門家の判断がぶれずにすんだ。科学と政治との距離感に国の「カタチ」が表れているといえよう。

 他方、日本はどうか。専門家の意見を政策に取り入れる時には、審議会や有識者会議が設置される。これらは、合議を行うために行政の内部に設置された組織で、事務局は省庁の内部部局となるため、独立性が保たれていない。会議の運営や取りまとめの段階で、行政官や政治家の意向に大きく左右され、また、政治・行政側と、専門家の責任分担の境界が曖昧である。委員の選定においてさえ、行政側の意向が反映されることから、時には、専門家の発言が、意図せずして、政治的なものと見なされてしまう恐れすらある。これは、国民の科学的な知見への信頼をさらに失墜させることにもつながるのではないだろうか。

行政が科学への信頼を壊している?

 ここで、英国の公益財団ウェルカムトラストによって実施された、科学者に対する信頼度に関するアンケート調査をみてみたい。以下の図は、「一般的に、あなたは科学を信頼していますか」という問いに対して、「大変」「ある程度」「あまり」「全くちがう」「わからない」という5つの選択肢から「大変」と答えた人の割合を示したものである。単純な比較はできないことに留意が必要だが、北欧を含むヨーロッパ諸国では総じて高い傾向にあるのに対して、日本は低い水準にある。こうした日本における科学に対する信頼の低さは、科学の独立性が確保されていないことと関連している可能性もある。

 明治時代にさかのぼるが、日本が文明国になるためには科学の独立性が必要だと指摘した人物が、この日本にもいた。福澤諭吉である。福澤は、日本の学問が、西欧とは異なり、統治する側のものでしかないとことを批判した。明治8年に出版された『文明論之概略』に次の一節がある。「西洋諸国の学問は人民一般の間に起こり(中略)学者の事業にて、其行はるるや官私の別なく、唯学者の世界に在り。我国の学問は所謂治者の学問にして、恰(あたか)も政府の一部分たるに過ぎず」。福澤の目的は、学問を政治から切り離すことにあった。

自前主義は矛盾している

 昨今、政府部内においても、科学的な根拠に基づく政策立案の実現が掲げられていることは、評価できる。しかし、政策の根拠を提示するのは行政官であるという前提で議論されていることが問題だ。この自前主義ともいえる行政の態度は、政策に客観性を持たせるという目標に照らして矛盾している。政策の企画・実施を目指し、政治家との調整を行う行政官は、客観的な分析を行う中立的な立場になり得ないからである。科学的知見が政治的なプレッシャーで歪められるとすれば、国民の科学に対する信頼をさらに失うことになる。それを避ける為に中立性が確保された組織、そして専門性が発揮できる資格をもった人材を養成することが必要だ。今回のコロナ対応における、スウェーデンをはじめとする各国の状況から大いに学ぶべきである。

 現在の行政が、専門家の知見を統治のための手段と見なし、都合のよいところをつまみ食いしている以上は、科学への信頼は生まれない。いわんや、政治への信頼が醸成されるはずもない。

参考文献

福沢諭吉『文明論之概略』(岩波書店)(Kindleアーカイブ)
翁百合・ペールエリック ヘーグベリ・宮川絢子(2020)「スウェーデンはなぜロックダウンしなかったのか」NIRAオピニオンペーパーNo.52
Welcome Global Monitor(2018)“Welcome Global Monitor”(2020年9月20日アクセス)

執筆者

神田玲子(かんだ れいこ)
NIRA総合研究開発機構理事・研究調査部長

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