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政策提言ハイライト

新型コロナウイルスによる健康格差、経済格差の拡大を防げ

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2020.05.29

 世界中の健康と経済に大きな影響を及ぼしている新型コロナはすべての人に襲いかかる脅威だが、その影響は一様ではなく、社会的な格差が拡大する恐れがある。今回の政策提言ハイライトでは、低所得者など社会的に弱い立場にある人が、新型コロナによる健康リスクと経済リスクに特に強く晒されている現状を、NIRA総研の最新の研究成果をもとに紹介する。

健康リスクが高まる恐れがある低所得者

 新型コロナの人口当たりの死者数が国によって大きく違うことからもわかるように、コロナ被害は一様ではない。NIRAオピニオンペーパーNo.48では、医学的見地から新型コロナに関する議論が展開されている。そのなかで浦島充佳教授は新型コロナの重篤化に高血圧、肥満が作用する仮説を論じている。

 肥満については、新型コロナの感染拡大前から所得と関係していることが国内外で多数報告されてきた。例えば、OECD(2019)は、EU 加盟 28 カ国では最低所得層の肥満率は最高所得層に比べて女性で70%、男性で30%高いと報告している。厚生労働省(2016)は世帯の年間年収200万円未満の人の肥満率は600万円以上の人に比べて、女性で4.6%、男性で13.2%高く統計的に意味のある差を確認している(注1)。

 推測の域を出ないが、他の要件が同じときにもし低所得者ほど高血圧や肥満を患っているのであれば、低所得者は新型コロナの重篤化リスクがより高くなる。また低所得者ほど医療へのアクセスに障壁がある場合、症状を悪化させやすいことにもなるだろう(注2)。

感染症対策のしわ寄せが低所得者に

 健康リスクに加えて、経済リスクも深刻化している。日本では政府や自治体による「自粛要請」という形で国民の行動に制限がかかった。労働においては在宅からのテレワークに切り替えた就業者が増えた。慶應義塾大学とNIRA総研が2020年4月(緊急事態宣言前)に全国の就業者1万人に実施した就業者実態調査の報告書では、3月時点のテレワーク利用率は全国平均で10%と、1月時点の6%から2 カ月ほどで4%ポイントほど増加したことが確認された。

 しかし、テレワークの利用率には大きな差があることもわかった。低所得者のテレワーク利用率は著しく低く(図表1)、非正規職員も3月時点で4%と、正規職員の12%と比べて著しく低い結果となった。工場、飲食、運輸、掃除、建設など、現場での従事が求められるテレワークに不向きな職種に、比較的、低所得者や非正規職員が多いためと考えられる。働くと感染リスクが高まり休むと生活に窮する、という深刻な状況に置かれていることがうかがえる。NIRAオピニオンペーパーNo.47で大久保敏弘教授は感染症対策としての一律のテレワークの推進と経済活動とが両立できずに矛盾を抱えた状況であり、テレワークに不向きな業種には一刻も早い政府の補償が必要と指摘する。

 同調査の自由記入欄には、「3月は日割りで給料が支払われたが4月以降は自宅待機になっているため給与は支払われない可能性が高い」など、収入の減少を心配する回答が多数あった。新型コロナの感染症対策のしわ寄せが、経済リスクという形で低所得者に及んでいるのだ。

コロナリスクに応じた優先順位付けを

 新型コロナが健康と経済に及ぼす影響が少しずつ明らかになってきているが、そこから見えるのは、低所得者など社会的に弱い立場にある人が健康リスクと経済リスクに強くさらされている現状だ。誰もが新型コロナによるリスクを抱えているが、その程度や影響は置かれている環境によって大きく異なる。それを理解し限られた資源に優先順位を付けて、政策を打っていく必要がある。NIRAオピニオンペーパーNo.46で、シュジー・ヤオ(姚树洁)教授が指摘するように、最も立場の弱い人々をパンデミックから守ることは、第2波を防ぐことにも役立つはずだ。

参考文献

柳川範之・フランツ ヴァルデンベルガー・シュジー ヤオ(姚树洁)・グレン S フクシマ・フベルトゥス バート・トーマス コーベリエル・アンドレ サピール(2020)「COVID-19によるパンデミックの経済的影響への対応-国際的な協調と継続的かつ集中的な対話が必要-」NIRAオピニオンペーパーNo.46
大久保敏弘(2020)「テレワークを感染症対策では終わらせない-就業者実態調査から見える困難と矛盾-」NIRAオピニオンペーパーNo.47
浦島充佳・高橋泰・翁百合(2020)「エビデンスからみた新型コロナへの対応-第2波に備え医療態勢をどう整備すべきか-」NIRAオピニオンペーパーNo.48
大久保敏弘・NIRA総合研究開発(2020)「新型コロナウイルスの感染拡大がテレワークを活用した働き方、生活・意識などに及ぼす影響に関するアンケート調査結果に関する報告書」
翁百合・関島梢恵(2019)「医療保険者による病気予防・健康づくりの実態-ばらつき目立つ保険者の取組-」NIRAモノグラフシリーズNo.41
OECD (2019) The Heavy Burden of Obesity: The Economics of Prevention. Paris: OECD Publishing.
厚生労働省(2016) 『平成26年国民健康・栄養調査報告』
厚生労働省(2019) 『平成30年国民健康・栄養調査報告』

脚注
1 厚生労働省(2019)では同様の結果は得られておらず、結果が一貫していないことに注意が必要である。
2 NIRAモノグラフシリーズNo.41では、自営業者や非正規社員、74 歳以下の年金受給者などが対象となる国民健康保険の特定健診実施率が健保組合と比べて極めて低いことを確認している。

執筆者

井上敦(いのうえ あつし)
NIRA総合研究開発機構研究コーディネーター・研究員

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